[野球]
上田哲之「吉田(東海大相模)のスライダー、和田(カブス)のストレート」

スポーツコミュニケーションズ

打たれない要因はフォームよりも回転

 ことほどさように、高校野球では鋭いスライダーこそが、三振を奪える必須アイテムになっている。生来のアマノジャクとしては、ストレートで三振を取る投手はいないのか、と言いたくもなるが、これがいたんですねぇ。しかも、メジャーリーグに。

 7月29日(日本時間)のコロラド・ロッキーズ戦に先発したシカゴ・カブスの和田毅は、7回を5安打1失点、6奪三振の好投で、メジャー初勝利を挙げた。和田といえば、476個の東京六大学野球リーグ奪三振記録保持者。140キロそこそこのストレートでも三振が取れというのが日本時代の持ち味だった。周知のように、ボルチモア・オリオールズに移籍してメジャー挑戦の1年目、2012年春に左ヒジを痛め、靭帯再建手術(いわゆるトミー・ジョン手術)を受けた。約2年のリハビリを経て、カブスに移籍し、今季に復活をかけている。

 ストレートの球速は、日本時代より少し上がったように見える。と言っても90~91マイル(145~147キロ)。しかし、彼はこのストレートを高めにつり球として使い、メジャーの強打者たちから結構な確率で空振りを奪っていた。初回の3者連続三振はいずれもストレートで奪ったものである。一番のハイライト・シーンは6回表である。この回、いきなり打たれて、1死一、三塁のピンチを招く。迎える打者は、カルロス・ゴンザレス。左の外野手だが、2010年に首位打者に輝いている。ちなみにこの年、34本塁打、117打点。三冠王の可能性さえある強打者である。

 で、このピンチに和田はどう投げたか。まずは、0-2と追い込んで、ここからである。
 ③高目にストレート(つり球)、90マイル、ボール。カウント1-2。
 ④内角低目ストレート、90マイル。空振り三振!
 145キロくらいの球速でも、和田のストレートは日本時代と同様、メジャーで立派に通用したのだ。

 なぜ和田のストレートは150キロを超える剛速球ではないのに打たれないのか。これについて、必ず言及されるのが、彼の投球フォームである。テイクバックの際、左腕が体の側面に隠れる。ぎりぎりまで見せないで、いきなり投球腕が出てくるから、打者はタイミングが取れない、という説明だ。これは日本の投球理論の主流をなしつつあるようで、例えば千葉ロッテの左腕・成瀬善久についても同様の解説がなされるし、近年では、高校野球を見ていても、解説者がその投手の長所として、腕の見えにくいフォームを挙げることが多い。

 まだ和田が福岡ソフトバンクにいた頃、インタビューしたことがある。その時の彼の答えは、印象的だった。
「もし、僕が打たれない原因が本当にフォームにあるのなら、僕は打たれる試合はないことになる。でも、実際は打たれることもあるわけです」
 つまり、フォームにすべての原因を求めようとする言説に批判的だったのである。

 この、投げる腕をできるだけ長く体側に隠す、という技術論は、もちろん一理あるだろう。ただ、それは数多くの要素のひとつくらいに考えた方がいい。和田のストレートが打たれにくい最大の要因は、やはりボールの回転にあると思う。打者の手元まできても回転する力が衰えないストレート、とでも言おうか。だから高目は伸びて、メジャーでも十分につり球として機能するのだ(このあたり、詳しくは、佐野真著『和田の130キロ台はなぜ打ちにくいか』〔講談社現代新書〕参照。著者は、ボールの回転数の多さに解を求めている。おそらく物理的には、この説明は正しい)。

 回転数の多いストレートは、揚力がつくので、打者の手元で伸びる感覚になり、初速と終速の差が少ない。これは妥当な説明だと思う。ただ、もう少し、感覚的な表現を与えてみたい。たとえば、「ミスターアマ野球」の異名をとり、社会人野球の頂点を極めた名投手・杉浦正則さん(元日本生命監督)が、夏の甲子園で、たまたま愛媛・済美高校の試合を解説したことがある。かの剛速球投手・安楽智大が打ち込まれて負けた試合である。

 杉浦さんは、解説の最後をこうしめくくった。
「ぼくから安楽くんに一言伝えるとすれば、これからは、初速ではなく、ベース板の上でのスピードを求めてやっていってほしい」
 至言だと思う。投手の現場の感覚でいえば、「ベース板の上のスピード」なのだ。これこそが、初速と終速の差が少ないということであり、もっと言えば、打者の手元でのストレートの力である。物理的には回転が多いということかもしれないが、むしろ、打者の手元で回転する力を失わないボール、と表現したい。ツーシームもカットボールもいいけれど、こういうストレートこそ、もっと追求されていいのではあるまいか。

 外国人投手が、基本的に100マイル(160キロ)を夢見る球速信奉者だとすれば、日本人投手はキレでしょ。キレとは「ベース板の上でのボールの力」である。それは、日本野球の文化と言っていいはずだ。