シー・ユー・チェン 第4回 「隠遁生活から復帰して挑んだユニクロのブランディング戦略」

島地 勝彦 プロフィール

シマジ 雑誌の世界とも共通点がありますね。新雑誌を創刊するときはまず対抗誌を真似ることからはじまりますから。チェンさんたちが3ヵ月もかけて柳井さんと一緒に考え抜いたミッション・ステートメントが原動力になってユニクロは驚異的な成功を収めたんですね。

チェン ブランドの成功はだいたい閃きから生まれるものです。その閃きを現実的な戦略に落とし込んでいく作業がいちばん重要なんです。

その次に手がけたのが青山フラワーマーケットのプロジェクトでした。街の普通の花屋さんが飛躍的な成長をとげた例です。これは1999年のことでした。日本フローラルマーケティング協会会長の小川孔輔さんのご紹介で、パークコーポレーションの井上英明社長が「青山フラワーマーケットを花屋のユニクロのような存在にできないだろうか」と相談にこられたのです。

シマジ そこでチェンさんがまたブランド構築を手がけたわけですか。

チェン そうです。青山フラワーマーケットは当時青山と赤坂に2店舗を持つちょっとお洒落なフラワーショップでした。そのころの売上はおよそ2億円でした。実際にお店に行ってみて、わたしが即座に井上社長に提案したことは、「GAPではお客さまがディスプレイやマネキンをみて商品を買うまでの意志決定は3分以内です。御社でもそれくらいの時間で意志決定が出来る展示システムを作ってみてはどうですか」ということでした。

立木 素晴らしい発想の転換だね。

チェン 井上社長は即座に「それは面白い」と賛成してくれました。

ヒノ それで青山フラワーマーケットのあのワンコインブーケが生まれたんですね。

チェン 実際はワンコインではなく、350円のブーケはトイレ用、500円ならキッチン用、750円ならリビング用というように価格帯と用途を分けて売ったんです。駅構内への出店にこのシステムを取り入れた途端、青山フラワーマーケットは大ブレイクして、4年間で売上が約7倍に伸びました。

シマジ それは凄いですね。4年で7倍ですか。

チェン そんなわけで、ユニクロと青山フラワーマーケットの成功から、われわれはブランド構築の方法論を身につけていったわけです。ヒノさん、ネスプレッソをもう一杯いただけませんか。少ししゃべり過ぎてノドが渇きました。