シー・ユー・チェン 第4回 「隠遁生活から復帰して挑んだユニクロのブランディング戦略」

島地 勝彦 プロフィール

チェン 優れた経営者たちの即断即決と実行力には目を見張るものがありますね。ユニクロの宣伝広告にはナイキの広告制作をしているワイデン&ケネディという会社を紹介して、従来のイメージを塗り替えてもらいました。GAPのモデルは外国人だけど、ユニクロは日本人で行こうとか、有名人じゃなくてこれからブレイクしそうな人を起用しようとか、いろいろと考えてくれました。

シマジ やっぱり和製グループではなく外資系の才能を使ったんですね。そこはチェンさんの強みですもんね。

チェン そういわれてみればそうですね。さらに原宿店をオープンするにあたっては、アメリカから商品数を絞り込む専門家を呼んで店舗作りをしていきました。

ヒノ それまでのユニクロはどういうイメージだったんですか?

チェン よく郊外にあるリーズナブルな量販店というイメージでしたね。ロゴタイプもいまのものとはまったく違い、人が3人くらい立っているシルエットをデザインしたものでした。ファミリーとかスポーツを意識していたのでしょうね。TVコマーシャルもラメの服を着たおばさんが試着室に駆け込んでいく、というようなものでした。

シマジ それを一気にGAPのようなメジャーな存在にバージョンアップしたんですね。

チェン 最初に取りかかった仕事はミッション・ステートメントの制作でした。これは政党のマニフェストみたいなものです。われわれが柳井社長に誠心誠意伝えたのは、「ユニクロは日本人の理想だ」と思われるような、新しい日本を象徴する会社にしならなければならないというメッセージでした。約3ヵ月かけて徹底的にブレーンストーミングを重ねた結果、われわれのイメージに近いものはGAPだろうという結論に達したんです。

じつは「ユニクロ」というブランドネームも変えたほうがいいのではないかと提案したんですよ。でも柳井社長があくまでもこの名前にこだわりたいということで、ブランドネームはそのまま残しました。

立木 たしかにユニクロというのはいい名前だから、残しておいて正解だったね。