[NBA]
杉浦大介「レブロン・ジェームス、故郷に帰る」

スポーツコミュニケーションズ

強かったホームタウンへの想い

「いつか生まれ故郷に恩返しがしたい。そう思っていた。なぜなら、オハイオは僕にとってバスケットボール以上に大切な場所だから。数年前には気付かなかったことに、今は気付いたんだ」

「クリーブランドを離れたときの僕には使命があった。それはチャンピオンになること。そして僕はそれを2度達成することができた。マイアミはその味を知っているが、僕の故郷はもう長く味わえていない。目標は可能な限り多くの優勝を経験することだが、それをオハイオ州北東部にもたらすことが今の僕には何よりも大切なんだ」

 いろいろな意見があるだろうが、手記に記されたこれらのレブロンの言葉が口先だけのものだとは筆者は思わない。

2010年にはテレビ番組で移籍を表明したことで、一時は全米から激しい批判を浴びた。

 振り返ってみれば、レブロンの故郷への想いの強さを示すエピソードは枚挙に暇がない。マイアミ最大のスポーツヒーローになった後でも、絶えずオハイオを“ホーム”と呼び続けた。昨シーズン中には「2014年に戻ってきて」と書かれたTシャツを着て、試合中にコート上に飛び込んできたキャブズファンを優しく受け止めたこともあった。“ザ・ディシジョン”と銘打たれたテレビ番組で移籍を発表した4年前の手法は、故郷の人の気持ちを考えれば適切ではなかったこともすでに認めていた。

「(クリーブランドで)優勝できたらどんなに良かったか。東9番街でのパレードがどれほど素晴らしかったか想像することしかできないよ」
 2012年にヒートの一員として初めての優勝を遂げた後には、キャブズでの勝利ではないことを残念に思うような発言すらあった。

 4年前のレブロンは、クリーブランドにいたら勝てないと思ったのだろう。より良い選手になるために、悲願の優勝を果たすため、マイアミに向かった。そして、願い通りにヒートで2度の優勝を果たし、“無冠の帝王”は返上。一人前になれたと感じたそのとき、改めて故郷に対する渇望が湧いてきたに違いない。成長できたと思えたからこそ、今度は自分のホームタウンに還元したいと心から願ったのではないか。