二宮清純レポート ソフトバンク外野手長谷川勇也玄人を唸らせる「努力の天才」

週刊現代 プロフィール

長谷川の骨折はバント練習中に指をボールとバットの間に挟んだのが原因だった。手術を受けたものの、本人によると「関節が固まった状態」で元に戻ることはなかった。

しかし、これが長谷川には幸いした。「ケガの功名」で独自のグリップが誕生したのである。

本人に説明願おう。

「左手はバットを握るといっても人差し指と中指の2本だけ。右手の小指はグリップエンドに軽くひっかける。指で握るのではなく、掌で握っています」

長谷川と同じ左打ち、通算1560安打の田尾安志も左手の小指はバットから浮かして握っていた。

「僕にも経験があるのですが、左手が強すぎるとバットをこねてしまう。バッティングは腕力に頼っちゃダメ。むしろ腕は下半身の力をバットに伝えるための道具のひとつと考えるべきです。腕ではなく腰の回転で打つ。その方がバットをラケットのように使え、率も残るんです」

長谷川のバッティングについては、次のような印象を持つ。

「彼が反対方向に大きな打球を飛ばせるのは軸足に体重を乗せ、ミートポイントをやや捕手側に置いているから。この方がフォロースルーを大きくとれるし、外のボールを逆方向に持っていくことも容易になる。決して体の大きくない長谷川が逆方向に大きな打球を打てるのは、そのためです」

選手というより研究者

気まじめで練習のムシ。しかし、不振に陥ると考え込む。スポーツマンというよりは研究者タイプの長谷川を支えたのが打撃コーチだった立花義家だ。

「(ボールが)四隅を通過したら、黙って帰ってこい」

立花の教えは簡潔だった。

四隅とはインロー、インハイ、アウトロー、アウトハイ。ストライクゾーンのギリギリいっぱいである。

長谷川の回想。

「立花さんからそう教わるまで、僕はベース板の端に決まったいいボールであっても〝あのボールを何とかしないといけない〟という思いがありました。

でも、考えれば考えるほど深みにハマっていった。ついには甘いボールまで打てなくなってしまい、悔しさのあまり、技術的にも精神的にも追い込まれていた。失敗したことを引きずる部分が僕にはあったんです。