周囲が呆れるほど、愚直に練習を続けてきた男は、いつしか球界を代表する打者になった。実績を残したいまも、その姿勢は変わらない。自分の理想のバッティングを追い求める旅は、まだ続いている。
予告ホームランと聞いて、思い出すのはベーブ・ルースの伝説である。
自伝『不滅の714本塁打への道』(ベースボール・マガジン社)によれば、舞台は1932年のカブスとのワールドシリーズ第3戦、カブスの本拠地リグレー・フィールド。ルースは打席に入ると、右中間スタンドを指さした。
2ストライクナッシングと追い込まれた3球目を叩くと、打球は右中間スタンドの最深部に突き刺さった。
このゲーム、7対5で勝利したヤンキースは、このゲームも含めて4連勝で4度目の「世界一」を達成した。
なぜルースは右中間スタンドを指さしたのか。
実はこんな背景があった。シカゴのファンにとってルースは仇役以外の何物でもなかった。宿泊先では妻のクレアがツバを吐きかけられる騒ぎがあった。
怒り心頭に発したルースは妻に誓う。
「よしっ、クレア。明日はやつらのどぎもを抜くような、ホームランを打ってやる。見てろよ……」
野球をやりだしてから、こんなに愉快で鼻高々なことはなかった—自伝でルースはこう述べている。
5月5日のこどもの日、本拠地のヤフオクドームでルースばりの〝予告決勝打〟を放ったのが福岡ソフトバンクの長谷川勇也である。
対北海道日本ハム戦。2-2で迎えた6回裏2死一、二塁。マウンドには新外国人のルイス・メンドーサ。191cmの長身から投げおろすストレートを軸に、緩急をつけたピッチングに定評があり、長谷川も手こずっていた。
「何を狙う?」
ベンチでキャッチャーの鶴岡慎也が訊ねた。
「レフト方向に弾丸ライナーです」
長谷川は即座に答えた。
1ストライクからの2球目、チェンジアップを振り抜くと、予告通り打球はレフトへの弾丸ライナーとなって高さ5・8メートルの緑の壁を直撃した。