『昭和陸軍全史1 満州事変』著・川田稔(名古屋大学名誉教授)---永田鉄山と石原莞爾

川田 稔

満州の掌握と中国本土への志向性では、両者は共通していた。

だが、永田の次期世界大戦不可避論に対して、石原は20世紀後半期の世界最終戦争以前の戦争は世界戦争とはならず、欧州大戦に止まると判断していた。したがって石原は、日本はそれに介入するより、その間にアジアでの地歩を固めるべきだとの意見だった。

石原にとって第一次大戦も、世界大戦とはいえず、欧州戦争にすぎないと考えていた。欧州から起こる次の大戦に日本も否応なく巻き込まれると判断していた永田と、この点で軽視しえない相違があった。

それゆえ、ナチス・ドイツの再軍備宣言後、ヨーロッパでの戦争の危機が高まってきていた日中戦争直前、石原(当時作戦部長)と、永田死後その構想を継承した武藤章(当時作戦課長)との意見が対立することになる。

石原は、日本は予想されるヨーロッパでの大戦には介入せず、大幅に増強された極東ソ連軍に対処するため、対ソ軍備の増強を図るべきだと判断していた。

これに対して武藤は、直面する次期世界大戦の危機に備え、中国とりわけ華北の資源確保に本格的に着手すべきと考えていた。だが石原は、対ソ軍備の増強に力を注ぐべきで、今は中国に手を出すべきでないとの見解だった。

こうして対中国政策をめぐって石原作戦部長と武藤作戦課長の意見が衝突することになる。これが盧溝橋事件時の拡大・不拡大の抗争の一つの原因となり、事態は日中戦争へと進んでいくのである。

(かわだ・みのる 名古屋大学名誉教授)
講談社 読書人「本」2014年8月号より


日本を破滅へと導くことになった独断専行は、いかなる思想の元に進められたのか? 昭和陸軍という特異な組織の実像を徹底的に描く。

日本を破滅へと導くことになった陸軍の独断専行という事態はなぜおこったのか?
彼らはいかなる思想の元に行動していたのか?
日本陸軍という日本の歴史においても特異な性質を持った組織がいかに形成され、そしてついには日本を敗戦という破滅に引きずり込みながら自らも崩壊に至ったかのプロセスを描く3部作の第1巻。
少壮エリート軍人層による組織内での下克上、その結果としての満州事変から政党政治の終焉までを描く。

◆著者紹介
川田 稔(かわだ・みのる)

1947年、高知県生まれ。名古屋大学大学院法学研究科博士課程修了。現在、名古屋大学名誉教授、日本福祉大学社会福祉学部教授。専攻は日本外交史・政治思想史。『昭和陸軍の軌跡』(中公新書)で山本七平賞受賞。主な著書に、『浜口雄幸と永田鉄山』、『満州事変と政党政治』(いずれも講談社選書メチエ)、『激動昭和と浜口雄幸』(吉川弘文館)、『戦前日本の安全保障』(講談社現代新書)などがある。