シー・ユー・チェン 第2回 「フィンガーズとユーミンと、ブロードウェイ・ミュージカル『ヘアー』」

島地 勝彦 プロフィール

ヒノ 当時の日本といえば、VANやJUNが流行った時代ですよね。音楽でいうとやっぱり、ビートルズですか?

チェン そうです。ビートルズの「She loves you」なんかがきたるべき新しい時代を予言していたんだと思います。はじめてこの曲をスクールバスのFENで聴いたときの衝撃は、いまでも覚えているくらいです。バスのなかの生徒全員が騒然となりましたからね。

シマジ チェンさんはいまでもチャーミングな人ですが、ティーンエイジャーのころもさぞかしモテたでしょうね。

チェン 毎週土曜に開かれるパーティーに、どの女の子を誘ってどんなファッションで決めて行くか、それが最大の問題でした。いちばんモテたのはバンドをやっている連中でしたから、気がついたらわたしも自然とギター少年になっていましたね。

立木 一方、そのころシマジは一関で広沢虎造の浪曲にどっぷり浸っていた。

シマジ 虎造はいいですよ。清水次郎長伝なんて物語としても面白くて、毎週TBSラジオに齧りついて聴いていましたからね。

チェン 浪曲ですか。わたしはまったく聴いたことがありません。

立木 浪曲はもうそのころでもすでにレトロなものだったからね。シマジは遅れてきた人間なんだよ。で、チェンさんはどんなバンドをやっていたの?

チェン 当時のアメリカン・スクールは43ヵ国の子供たちが通っていましたから、いってみれば小さな国連みたいな理想郷でした。タイ、インドネシア、日本、アメリカ、中国の子供たちで編成したわたしたちのバンドは、もっぱらイギリスのシャドウズやアメリカのベンチャーズをコピーしていました。

立木 シマジなんか中学の卒業祝賀会で壇上にあがって虎造の「森の石松」を唸っていたんだから、まるでちがう国の青春時代だよね。

ヒノ へえ、シマジさんが同級生の前で「森の石松」を一席ぶったんですか?

シマジ それがとんでもない大失敗だったんだよ。一関でも中学生で浪曲に興味があるやつなんて1人もいなかったから、もう、顰蹙をかってね。チェンさんとはえらい違いだ。

チェン 高校時代は日本の、とくに慶應の連中とさかんにセッションをしていました。ダンスパーティーなんかに呼ばれて演奏することが多かったです。全員タイシルクのオーダースーツを着て演奏しました。