ありもしない効能を謳って、1兆2000億円も売り上げた「ニセ薬」事件。その穴埋めに使われたのは、われわれの血税だ。捜査当局が事件のキーマンとしてマークする「有名教授」が口を開いた。
疑惑の医師は奄美大島にいた。
「どうして僕がここにいるってわかったん?……堪忍して。ほんとに疲れているんです。(知り合いが)捕まったってことだけでも、疲れているんだから」
梅雨の湿気を含む重たい南国の空気のなか、彼は本誌にそう答えた。
口調は平静を装いながらも、その仕草は、少しずつ自分に近づいてくる捜査の手に内心怯えているようにも見えた—。
製薬会社、ノバルティスファーマ(以下、ノバ社)は血圧を下げる薬「バルサルタン」(商品名・ディオバン)に脳卒中や狭心症などのリスクを下げる効果があるとして、'00年から大々的に販売してきた。ところが、そんな効能は医学的には存在せず、実験データに不正があったことが昨年、判明。厚労省が調査を続けてきたが、ついに6月11日、データ改竄の「実行犯」として、同社元社員の白橋伸雄容疑者(63歳)が逮捕された。
実際にはない薬の効能をあるように見せかけた、薬事法違反の罪で、わかりやすく言えば、「薬の誇大広告」である。
「白橋容疑者は現場の下っ端に過ぎません。病院にも、ノバ社にも、もっと深くこの事件に関わった人物がいる。彼らにも今後、捜査が及んでいくことになります」(全国紙社会部記者)
冒頭に登場した医師も、その一人だ。彼の名は松原弘明医師(57歳)。彼こそが、白橋容疑者と二人三脚で、京都府立医科大学で大規模な臨床試験を行っていた責任者である。
だが、ディオバンが問題になり始めた昨年2月末、松原医師の姿は京都府立医大病院から忽然と消えた。
コバルトブルーの海と緑の森が美しい奄美大島の「名瀬徳洲会病院」。島の中心地から車で10分ほど離れた、漁港のほど近くに立地する同病院は、病床数255床と島内有数の大規模病院だ。
京都を離れた松原医師は、ここにいた。6月17日夕方、勤務を終えた松原医師は黒色のセダンに乗り込み、病院を後にする。大型スーパーで食料品を買い込み、駐車場に戻ってきたところを直撃すると、冒頭のやり取りに続けて言った。
—白橋さんが逮捕されたことについて、思いを聞かせてほしい。
「知っている人が逮捕されるというのは、やはり辛い。心痛なんです」
—いつから奄美大島の徳洲会病院に?
「昨年8月くらいからです。経緯は話せません。もういいでしょ。もう疲れたから」
松原医師が疲れているのは、「盟友」が逮捕された心理的ダメージだけではないだろう。彼自身が、すでに東京地検特捜部の任意の事情聴取を受けているのだ。
「彼は病院側のキーマンです。白橋容疑者はノバ社の社員で、データ解析者の立場で論文の共著者に名を連ねていますが、医師ではない。ディオバンの臨床試験については、松原医師がすべてを把握していたはずです」(前出・社会部記者)
松原医師は現在、名瀬徳洲会病院で外来を担当している。これまで主に研究分野で輝かしい実績を重ねてきた松原医師にとって、患者に直接触れる外来診療は久しぶりのことだろう。
白衣を脱いだ松原医師は、チノパンにワイシャツというラフな格好で、一人寂しくスーパーに食料品を買いに立ち寄った。おそらく単身赴任なのだろう。
「慢性的に医師が不足している徳洲会病院は、様々な医師をスカウトしていますが、なかにはスネに傷を持つ医師もいる。松原医師もその一人でしょう。経歴によって違うのでしょうが、待遇は決して良くなく、島で生活する分には困らない程度とか」(地元記者)