第85回 林芙美子(その三)淫蕩な女性の情痴的恋愛を描いた大作『浮雲』が高評価を受けて---

福田 和也

一方で、面白過ぎる後日談が持ちあがったりもした。菅原大信という、文壇廻りを遊泳している人物がいた。
彼は、芙美子から性病をうつされたと云いふらしたのである。
こういう病気は、罹患させようが、けして名誉な事ではないので、騒がないのが常識であるのに、芙美子の名前が上ると、きわどい揶揄が囁かれるのだ。
とはいえ、芙美子にとっては、褒貶など、まったく気にならなかったろう。
落し紙を捨てるよりも軽くいなしてしまうだろうに。

檀が、直木賞を受賞した時、一番に喜んでくれたのが、芙美子だった。
文藝春秋の主催で熱海で宴会が行われた。
文藝春秋の社員ほとんどと、先輩の作家たちが宴につらなった。
その中で、女性は林芙美子だけだった。

「檀さん、良かったわね、おめでとう」

高峰秀子と成瀬巳喜男 1955年に公開された林芙美子原作の映画『浮雲』は、主演・高峰、監督・成瀬の代表作と評される

檀は、正直、うれしかったという。
奥湯河原の温泉に芙美子が案内してくれた。
檀が帰宅した日、芙美子の訃報が流れていた。
急いで身支度を整えて、白ダリヤと白ユリ、白いカーネーションを抱えられるだけ抱えた。

「あら、これ貧乏花っていうんですよ」

そうした花こそが、芙美子にはふさわしい、と檀は思った。

川端康成は、林芙美子が亡くなった後、遺作を大方読み返した。
そして、川端の視点から、芙美子の「名言」なるものを、ノートに書きぬいておいた。

〇芸術は本当は人間の内で蘇生しなければ嘘だ。(『女の日記』創作ノート)

〇私は誰からも影響されなかった。いつでも、「私の生活している世界」である。私の生活から去って死ぬときが来ても、私は只それだけのものだ。それだけのものとして人間は死んでゆく。平凡な、誰にも知られない死で世の中は満ちている。自然と人間が、愛らしくたわむれる世の中が私のユートピアだ。

面白いというと、無神経だと思われるかもしれないが、宮本百合子と林芙美子は、昭和二十六年にあいついで世を去った。
二人を対比すると、宮本百合子は、思想的には「人民」の中に溶け込むことを標榜しながら、実際には特権階級の一員で、終生、お嬢様気質を失うことがなかった。
一方、林芙美子は生まれながらに、民衆の血をうけ、そこから彼女の人生と文学活動がはじまった。
宮本にとって民衆は少なからず美化せざるを得ない存在であったが、芙美子にとって民衆は、敵であり、また朋輩でもあった。

『週刊現代』2014年7月12日号より

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