小林りん×岩瀬大輔【前編】「人と違うことは良いことだと、小さい頃に親から教わった」

岩瀬大輔さん

最初に僕の生い立ちから話をすると、父親が商社マンで小学校2年生のときにイギリスに行きました。6年生のときまでイギリスで暮らし、それから地元の千葉の中学校に入り、高校から私立の学校に通いました。

高校時代は、親がニューヨークに転勤になったため、夏休みにはいつもアメリカを訪れていましたね。大学へ進んで、大学を卒業したあとは外資系を転々として今に至るという感じです。

それで、いつの頃からか「人と同じことをやるのがすごくイヤだ」と思うようになりました。大学在学中に司法試験に合格したあと、司法研修所というところに行くのですが、ふとイヤになったのです。

自分と同じようにこれから750人もの人たちが司法研修所に行く。そこで750人のなかの1人に埋没してしまうのはすごくイヤだなと思って、弁護士の道ではなく、同期が3人しかいない外資系の会社に就職しました。その頃から、他の人ができる仕事は自分がやらなくてもいいんじゃないか、自分でしかできない仕事をしたい、と思うようになったのです。

うちの母親が割とそうなのですが、もともとは僕も「みんなと同じじゃないとイヤだ」という子供でした。

今でもすごく覚えているのが、小学校入学の際にみんなで画板を集団購入したときのことです。みんな白っぽいA4サイズの画板を買ったのですが、母親が買いそびれて、僕だけ茶色っぽいB5サイズの画板に。「みんなと一緒じゃないとイヤだ」とダダをこねたことを覚えています。

それからイギリスの小学校時代に、最初の遠足に「おにぎり」を持っていったら、イギリス人のクラスメイトにすごくいじめられたんですよ。おにぎりを包む海苔が黒いので、「そんな真っ黒なものを食べていて気持ちが悪い、あっち行け」と。

それで家に帰って、「お母さん、もう絶対おにぎりはイヤだから今度からサンドイッチにして」って言ったのを覚えています。なので、もともとは「みんなと同じでありたい」ととても強く思っている子供でした。

ちなみに、母親はすごくミーハーで、僕が生まれてくる前に「男だったらヒロミ、女だったら百恵にする」って言っていたくらいです(笑)。売れる前のアイドルを見ると「この子は絶対に売れる」と察知するのが自慢で、ピンクレディーが売れる前からずっと目をつけていたとかですね、そういう感じの人です(笑)。

だから、僕が司法試験に受かったのに、それを蹴って外資系に行くと言ったときは、すごく嫌がられました。「お願いだから弁護士になって。私、お友達に弁護士の母親だって自慢したいから」って言われて(笑)。

そういうふうに育ったのですが、イギリスの小学校では僕1人だけだったんですよ。なので、いつもイギリス人の友達に「僕はみんなと一緒だよね、英語も下手じゃないよね」と気にして心配していました。その頃の写真を見るとサッカーのチームの写真でもみんな金髪で僕1人だけ黒い髪だったり。そんな経験から「僕はみんなと一緒になれないんだな」と気づいたことが、今の性格に影響しているのかもしれないです。

ボストン・コンサルティング・グループに入ったときも、「なんで弁護士にならないの? もったいない」と言われました。ベンチャーに行ったときも「なんで? もったいない」と言われ、留学するときも20代後半だったので「もういまさら行く必要はないだろう」と外資系の人たちに言われました。帰ってきて保険会社を立ち上げるときも、「なんで保険会社なんかやるの?」と聞かれて、何だかずっと「なんでそんなことをやるの?」と言われ続けた人生でした。

今あらためて振り返ってみるとそういう生い立ちが今の自分につながっているのかな、と思っています。それでは、小林りんさんからまず一言お伺いしたいと思います。