為末大×遠藤謙×太田雄貴×栗城史多×菅原聡【前編】「スポーツを通じて、社会課題をどう解決していくか」

Global Shapers Session 2014
グローバル・シェイパーズ・コミュニティ

栗城: 実は僕も今、3Dプリンティングの会社さんと指を作ろうとしています。ネガティブなイメージじゃなくて、明るく楽しくやりたいと思って、デザインをXメンみたいな感じで登山用のものを作れたらいいですね。

菅原: 登りやすくなるかもしれませんね(笑)。

遠藤: 僕のMITの教授は、義足にしてからロッククライミングのタイムがあがったと言っていました。というのは、足を切って体が軽くなり、肺活量は変わらない、かつ足の形状を岩肌に合わせて履き替えることができるので。指を変えたらもっとすごい山に登れるかもしれませんね。

菅原: そうなってくると健常者が何かをつけて、もっと走るのが速くなるといったことも考えられますね。

 

生身の人間による競技が貴重な時代になる

為末: 突き詰めて考えると、コンタクトをつけた射撃選手はサイボーグじゃないのか、という議論と同じだと思うんですね。これからの時代は、例えば、IPS細胞ができてアキレス腱を再生したら、オリンピックの領域に入っていいものなのかといったように、厳密に言えば生身の人間が競技をしている状況が貴重になるんじゃないか、というのが僕の感覚です。ある意味で、パラリンピック的な領域の中に、何も手をつけていない生身の人間による競技があるのがオリンピックになってくるかもしれない。例えばムービースターの中でも、整形をしている人もいますよね。

そういう時代になってきたときに重要なのは人間らしさというものだと思うんです。テクノロジーによって便利になるということは、人間の努力を奪っていくということでもあり工夫の余地がなくなっていきます。そのときに我々が人間らしさをどう担保するかということがキーワードになると思うんです。例えば義足が発展して100M5秒で走れるようになったとき、それは人間の努力の結果と言えるのか。社会の側がそういったことをどう評価していくのか、というのも興味深いですよね。

遠藤: 人間らしさを考えたときに、僕が歩くということにこだわるのは、人間は歩かなくなると寿命が縮むし、見た目も衰えていってしまうので、普通はできるべきことをできるようにするということに、人間らしさが与えられるという技術のありがたさがあると思っています。一方で、速く走りたいとか高く飛びたいといった人間の欲求に対して、技術が夢を与えられるといいなと思っています。

後編に続く

【構成/徳瑠里香】

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