触角の不思議な形と働き
ただの1本の金属棒や、1つの箱が、見えない電波を生み出し、捉える。現代社会を支える重要なツールのとてもシンプルな原理と、意外に複雑な働きをやさしく解説。読めば明日から、屋根の上のアンテナが妙に愛おしくなる!?
電波は現代社会に欠かせないものになっています。今や新幹線に乗っていてもインターネットにつながり、飛行中の航空機からでもアクセスできるようになっています。しかし電波は見えないので、まるで空気のような存在になってしまったようです。
たとえば二〇一一年七月の地上デジタルテレビ放送への移行(地デジ化)は、電波を意識するよい機会でした。しかし移行できてしまうと、それきり電波のことは忘れ去られています。また携帯電話(ケータイ)やスマートフォン(スマホ)が普及していますが、どこにいても通話できることを可能にしている電波の働きに、いまさら感動する人は少ないでしょう。
ところで、今日、私たちが「見えない」電波をこれほどまでに使いこなすことができているのは、そこかしこにあるアンテナのおかげです。アンテナの多くは、想像するしかない電波と違って「見る」ことができます。
そこで改めて屋根を見上げると、地デジのアンテナは魚の骨形ですがBS放送はパラボラ・アンテナ、つまり皿形のアンテナで受信しています。じつはアンテナの形には魚の骨形や皿形の他にも棒形、籠形、線形、板形、ラッパ形……とさまざまあります。
それぞれの形には、もちろん理由があって、送・受信する電波の性質や強さ、そして用途に合わせたものです。
またケータイやスマホでも、その中継アンテナは基地局とビル内などでは異なります。そもそもケータイやスマホ本体には、現在、アンテナは内蔵されてしまい見あたりません。では、どのようなアンテナで送・受信しているのでしょうか? さらに、それぞれアンテナのどの部分で、どのように送・受信しているのでしょうか?
こうして改めて考えてみると、アンテナはじつに不思議です。
小学生時代の筆者(小暮裕明)は、ゲルマニウムラジオを組み立てたりする「ラジオ少年」でした。中学校の理科クラブでは、アマチュア無線(ハム)の楽しさを知り、さらに長じては海外の短波放送を受信することに夢中になりました。手作りのアンテナを立て、近所にいぶかられたこともありました。長い竹竿を適当に切り、電線を張っただけのアンテナでしたが、それでも夜中にアフリカのめずらしい放送局から届くかすかな信号がキャッチできることもありました。
ところがそんなあるとき「なぜ電線は空間を移動する電波をキャッチできるのだろう?」という大疑問がわき、以後、何年も悩み続けることになります。
さらにアマチュア無線の国家試験に合格して、自らも電波を発信しはじめると、もう一つの疑問を抱くようになりました。それは、アンテナ線の長さをきちんと調整する必要があるということです。きちんと調整したアンテナで受信すると、適当な長さで作ったアンテナに比べて、ずっとよく受信できるのです。それはなぜなのか?
さあ、これはアンテナをちゃんと勉強しなければならないぞと、それからは専門書を読みあさる日々が今も続いています。
そこで気づいたことがあります。アンテナの解説書は「やさしい」と謳う本でも、アマチュア無線の愛好家など、ある程度まで電磁気学を学んだ人を対象に書かれています。これでは一般の人には理解しにくいでしょう。そこで一般の方にもアンテナの不思議を知っていただきたいと願って書いたのが本書です。
電波(電磁波)の存在が実証されて約一二五年、無線通信が実用化されて一一五年あまり、その間の電波技術の発展には目を見張るものがあります。電波を応用した、思いもかけなかった仕組みが、今も次々に生まれています。さらにこの先、電波技術がいったいどこまで進化するのか、筆者には予想もつきません。
しかしアンテナの仕組みに限っては、じつは発明されてから今日まで、ほとんど変わっていないのです。ですからアンテナの原理を知れば、アンテナの仕組みは自ずとわかっていただけるでしょう。
「アンテナは、どうやって電波を出したり受け取ったりしているのかな?」と思われた方が、本書を読んで幾分なりとも理解していただければ幸いです。