【特別対談】加賀乙彦(作家・精神科医)×堀川惠子(ジャーナリスト)---戦争・死刑・日本人 『宣告』と『教誨師』から読み解くこと

堀川 私はこれまで死刑囚をテーマに何冊か本を書いてきました。しかし、そのなかでは死刑制度に関して明確な立場は表明していません。国民の八割がそれを支持しているなか、私のような無名の筆者が反対の声をあげても見向きもされないでしょう。ただ思うのは、八割のなかでも「やれやれ」と積極的に支持するというより、無関心な層がどれほど多いかということです。そういう方々に死刑を現実の問題として考えてもらう機会を提供できないかと思っています。

加賀 日本は先進国と名のつく国のなかで死刑という刑罰を維持している数少ない国です。戦後、世界的に、人を殺してその罪を償わせるということは正しいのかどうか、キリスト教国でなくとも正しくないと考え出したのは、七〇年代八〇年代からでしょう。EUの参加条件に死刑廃止があることは知られていますね。国連も死刑廃止についての決議をし、日本に死刑廃止の批准をするようにと言ってきますが、日本はまだ批准していません。明治維新以来、ヨーロッパを追いかけて、ある意味では追い越した面もある日本ですが、死刑に関してはその限りではない。最近ではむしろどんどん死刑執行をしています。

堀川 世論調査では死刑支持のパーセントが年々増えていますね。

加賀 死刑の執行があるたびに、海外メディアの特派員が僕のところに来るんです。「まだ死刑を実行しているのは文明国としておかしい、なぜなんだ」と。

いまから三十数年前、ミッテラン大統領の時代、フランスで死刑が廃止されたときも、八割の人が死刑賛成でした。世界に冠たるギロチンを持つ国ですね。ところが、法務大臣のバダンテールが、大統領の後ろ盾があったにせよ、彼の信念にもとづいて何度議会で否決されても法案を出し続けるんです。数年前に死刑廃止三十周年記念をフランスで大々的にやっていましたが、いまとなってはなぜあのとき、八割が死刑賛成だったのかわからない。法案が通ると、とたんに死刑廃止論者が増えました。いまでは廃止が常識です。不思議ですね。

堀川 本当にそうですね。私もなぜ政策転換が可能だったかに関心があり、フランスのテレビ局からバダンテールの国会演説の映像を取り寄せて見たことがあります。その迫力たるや凄まじいものでした。唾を飛ばしながら身体中から発するような声で、文明国家において死刑がいかに残虐非道で野蛮なものであるかを延々と説いてゆく。はじめは反対勢力からまったく相手にされなかったのに、諦めずに繰り返し説得する。

そのとき感じたのは、百人が動いてもダメ、十人が頑張ってもダメで、やはり人生をかけて徹底的に戦う信念と情熱を持った一人の人間が現れたとき、人の心は動くのかもしれない、ということでした。政治家はその言葉が力を持つ最たる職業だと実感しました。

加賀 言うことが理にかなっていれば、政治家はその信念で人を動かせるんです。先ほど『宣告』刊行後の、私への脅迫について話しましたが、バダンテールのもとには、「廃止には反対だ! 死刑を存続せよ!」という抗議の手紙、電報、電話がフランス中から来ました。それでも彼は信念を持って突き進んだ。

無関心さを突き崩したい

堀川 戦後、日本の法廷で死刑問題が正面から取り扱われたことがどのくらいあるか調べたことがあります。そうしましたら、きちんとした形で残っている記録では、三人が法廷で死刑廃止論を述べているんです。そして三人とも元検事でした。正木(亮)さん、向江(璋悦)さん、それから元最高検検事だった土本武司さんです。死刑を求刑する側であった検察出身者が、なぜ死刑について問題を唱えているのか。

それは三人の元検事には死刑執行の現場に立ちあった共通の体験があったからでしょう。私は死刑を単なる「シケイ」という乾いた三文字ではなく、人間が人間を処刑するという刑罰の現場の過酷さみたいなものを、著書から少しでも伝えたい、賛成・反対以前の無関心さを、氷を溶かすような作業になると思うんですが、少しでも突き崩したいと考え取材を続けています。

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