【特別対談】加賀乙彦(作家・精神科医)×堀川惠子(ジャーナリスト)---戦争・死刑・日本人 『宣告』と『教誨師』から読み解くこと

宣告 上巻』著:加賀乙彦
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彼の刑執行後、姫路の高校で英語を教える女性から手紙が来たんです。彼女も正田と長く文通をしていて、二人でやり取りした手紙を死後、僕に見せてもいいと彼から言われていました。文通のことなんて知りませんでしたから、三年間六百通の手紙を読ませてもらって、そこに書いてあった、正田が子供のような冗談を言う面白い人間だということをはじめて知りました。

その後しばらくたって、またその女性から正田のお母さんが、息子の獄中日記を僕にお見せすると連絡をもらいました。その長い日記を読んで、また驚きました。僕には神を讃えていた彼が、その存在に疑いを持っていたことが延々と書かれていた。

僕が知るのは敬虔なキリスト教徒の正田。英語の先生が知る彼は、子供のようなおちゃめな人間。そして日記では、それらを全部ひっくり返すような悩める面を見せる。いったい正田とは何者であるのか。その疑問が『宣告』を書く動機になりました。一人の人間に接するとき、本当のことを僕に語ってくれているのか、あるいはフィクションを言ってるのか迷ってしまうことがある。『教誨師』でも、そういう場面が出てきて、「そうだそうだ」と頷きながら読みました。

堀川 はい、調べても調べてもわからない。もう嫌になるほどです。渡邉さんから長らくお聞きしていて、「やっとわかった」と思ったときがあっても、つぎにお会いすると私の知らない顔が覗くんです。そんなとき、これまで続けてきた対話は渡邉さんという多面体のなかのほんの一部に過ぎなかったのか、という感覚に陥らざるをえません。それを承知のうえで人の一生をまとめなければならなかった。

『宣告』では、ひとり主人公が思索を深めながら最期の日を迎えますが、私の『教誨師』では、何人もの死刑囚を描きました。そのために渡邉さんから一人ひとりの苦悩を十分引き出せたのか、と正直なところかなり苦しみました。

加賀 その苦しみがあって、人間の不思議なある部分を記録しているから、あなたの作品は読む人に感慨を与えるんですよ。人間は死を前にしたとき、本当の自分の地肌が出てくる。多くの死刑囚もみんなそうです。

堀川 深いところではわからない人間を、法廷という限られた場所では何回かの公判の末、裁いてゆく。私にとってはじめての単著だった『死刑の基準 「永山裁判」が遺したもの』(日本評論社)で、陰の主人公ともいうべき船田三雄裁判長は、正田さんの法廷で左陪席をつとめ、被告は無期相当だと考えていました。しかし、合議の結果、死刑判決となり最高裁で確定するわけです。刑が十年、二十年の長短の問題ならいざ知らず、死刑と無期の違いが裁く人によって変わるという疑問がその後、船田裁判長の永山則夫事件へと繫がってゆく。もし、船田さんがバー・メッカ事件で無期の合議を形成できていたら、先生と正田さんの出会いもなかったのかなあと、因縁を感じました。

信念の政治家・バダンテール

加賀 『宣告』を書いたあとの反響は凄まじかったですよ。電話がいきなりかかってくる。「おまえの娘を殺してやる。それでもおまえは死刑に反対するのか」と。脅迫状も多かった。僕は団藤重光さん(元最高裁判事)と一緒にフォーラム90(「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム'90」)を一九九〇年に立ち上げて、死刑廃止運動に積極的にかかわってきました。

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