二宮清純レポート
31歳、楽天ゴールデンイーグルス二塁手
藤田一也 挫折が生んだ「守備職人」の覚悟

週刊現代 プロフィール

打っては4打数無安打だったが、早くも守備でチームの勝利に貢献した。2対1で迎えた7回裏、2死無走者の場面で二岡智宏のセンターに抜けそうな打球を逆シングルでさばき、振り向きざまの一塁へのジャンピングスローでアウトにしてみせたのだ。

「いい守備をしてくれた」と星野。移籍後、最初の試合で藤田は指揮官の信頼を得ることに成功した。

守備の人、と言えば聞こえはいいが、見方を変えれば器用貧乏。セカンドもショートも守れるが、レギュラーの座を確保するには何かが足りなかった。

数字には表れない能力

少年時代から守備には自信があった。自宅の庭に大きな鉄板を立てかけ、ボールをぶつけては、それを捕る練習を繰り返した。いわゆる〝壁当て〟である。

思い出すのがゴールデングラブ賞10度の宮本慎也だ。宮本も小さい頃、団地の壁で〝壁当て〟を繰り返した。以前、彼はこう語ったものだ。

「僕は腕をどう振れば、相手のどのあたりに投げられるか、ボールを握った時点である程度、感覚でわかるんです。これは教えてできるものじゃない。壁当てや父とのキャッチボールを通じて、知らない間に磨かれていったのかもしれません」

少年時代のヒーローが巨人の川相昌弘だったというのも藤田らしい。

「川相さんって普段は堅実なのに、時々、魅せるプレーをする。それがすごく〝カッコいい!〟と思ったものです」

高校は地元の鳴門第一へ。ポジションはショート。監督の森恭仁の指導方針は「基本に忠実」だった。

「派手なプレーやジャンピングスローは禁止。基礎を徹底しました。ピンチになると率先してマウンドに行き、ピッチャーに声をかける。キャプテンも務めており、文字どおりチームの要でした」

大学は関西学生リーグの近畿大へ。コーチ、監督として4年間にわたって藤田を指導した榎本保は、セレクションで初めて守備を見た時のことが忘れられない。

「もう、ビックリしました。ノックをすると一歩目が速く、基本がしっかりできている。過去に、これほど守備の巧い選手を見たことがなかった。〝あの守りは攻撃になる。何勝分になるかわからない〟と思ったものです。楽天の星野監督と同じ感覚ですよ。