◆佐藤優/石川知裕『逆境を乗り越える技術』ワニブックス、2014年6月
ビジネス書で、成功するため、出世するためのノウハウ本はたくさんある。しかし、逆境に陥ったときに、どうやってそこを切り抜けるかということについて、具体的に記した本は、意外と少ない。
本書は、東京地方検察庁特別捜査部に逮捕、起訴された経験のある私と石川知裕氏(前衆議院議員)が、危機管理、ダメージコントロールについて、率直かつ具体的に語りあった本だ。例えば、カネについて、こんなやりとりをしている。
<お金は大切
佐藤 ピンチをチャンスに転換する場合にも大前提となるのですが、お金の問題は無視できませんね。
石川 私が議員辞職する前、財政的基盤をどう確保するのかについては佐藤さんにずいぶんとご指導いただきました。
佐藤 政治活動を継続するうえでのお財布。あるいは政治活動をやめて、サラリーパーソンになるときのお財布。あるいは自営業を始める前のお財布。すべてお財布の規模が違うから、手持ちのお財布の規模によって“自由度”が異なってくるんですよ。
石川 実際、国会議員をやっていると、自動的に歳費が入ってきますし、私の場合、国会の活動、要は政治活動ばかりに目が行って、秘書に通帳を預けている状態だったので、自分で財政的な基盤を気にしたことが全然ありませんでした。
真面目に政治をやっている人間というのは、もちろん秘書を養っていく、家族を養っていく。そして上に行くとなると仲間にも配らなきゃいけない、子分にも配らなきゃいけないと、そこまで計算をしなきゃいけなくなります。
でも実際、駆け出しの頃というのは――ピーピーしていますが――お金の心配は歳費が入っているので、あまりしていません。もちろん歳費でマンション買おうとか、何かよからぬことを考えている人聞は別ですが。
だから、議員を辞める前に佐藤さんにふっとお財布のことを言われたとき、つまり「いまだと年収にしてこれぐらいの生活をしていて、それを担保する収入を得るためにはどういうところにお願いに行って、確保すべきかをしっかり考えなきゃいけない」と言われたとき、人生のなかで財政をどうするのかということは 本当に大事だなと痛感しました。そしてこれはいまでも大きな教訓としています。
佐藤 私は外務省のなかでそれなりの仕事をしていると評価されていたのですが、自分の机の引き出しの中に、いつも現金を三〇〇万円程度入れていました。だいたい二〇〇〇ドルの封筒と二〇万円の封筒を合計で一五封入れて、それが足りなくなると必ず補充するようにしていました。
石川 それはどういう種類のお金ですか? いわゆる情報屋への情報提供料ですか?
佐藤 それもありますし、あるいはロシアから代表団が十何人来ていて、帝国ホテルで食事をしないといけないとなったときでも、面倒な手続きを取らないでそのまま現金払いで済ますことができます。あるいは急に夜、明日、モスクワに行かないといけない、明日朝一番でモスクワに飛ぶとなったとき、航空券は役所ですぐ手当できるけれども、簡単には調達できない現地での工作費は、身の回りからとりあえずサッと用意できます。銀行に寄ってお金を引き出してくるとか、お金をかき集めるということで初動が遅れないようにするためです。
引き出しに三〇〇万円入れておくと、大体一年で二五〇〇万円から三〇〇〇万円、 結局は使うことになります。裏返すと、二五〇〇万円から三〇〇〇万円を一年で使う人は、三〇〇万円ぐらいいつもプールしていないといけないことになります。
石川 ということは一〇% ?
佐藤 だいたい年に使うぶんの一〇%ですね。だから年に交際費とかで一〇〇万円使う人だったら、一〇万円引き出しに入れておく。そういうふうにすると非常に機動的に使うことができます。逆に金なしの生活を送っていくっていうことだったら、 金なしの生活のやり方は別にあるから、そこをきちんと理解してやっていくということです。>・・・(略)
人生には、想定外の事件に巻きこまれることがある。そのような事態に読者が巻きこまれることがないように、お祈りしている。万一に備えて、本書で代理経験を積んでおけば、逆境に陥る事態をかなり回避できると思う。
佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol038(2014年6月11日配信)より