黒鉄 当然です。最近の若いひとたちは平然と断るようですが、少なくともわれわれの時代には、返事は一つしかありませんでした。そういう私も、どうしても仕事の調整がつかず、吉行淳之介さんからの麻雀の誘いを断ったことが一度だけあるのですが、その後しばらく、怖くて顔を合わせられなかった覚えがあります。
島地 わかりますよ。あの頃、先輩の権威は絶対でした。でも一緒にいるだけで勉強になることが多かったし、いろんな先輩に揉まれることで、男が磨かれていったんだと思います。ところが今は、先輩から誘われても「妻と食事の約束が」とくる。実に嘆かわしいことです。
日野 男として魅力ある上司が少なくなった、ということはありませんか?
黒鉄 さすが島地さんの担当ですね。痛いところを突いてくる。私たちは先輩からたくさんのことを受け継いだけれども、それを下の世代にうまく伝えられなかった部分も確かにあるんですよね。島地さんの嘆きの原因は、私たち自身のせいでもあると思います。
島地 もちろん、それを自覚しているからこその対談ですよ。
日野 男の文化の伝承で、女性の位置づけはどうなるのでしょうか?
黒鉄 当然、まぐわえば気持ちがいいし、若い頃は戦闘機のパイロットよろしく、撃墜王を自慢するのもいい。でも、男と女の関係においていちばん大切なのは二人だけの「物語」であって、それを理解すると新しい世界が見えてくるということも、私たちは煙草の煙がもうもうとたちこめる酒場でいろんなことを見聞きするなかで学んでいったわけです。
島地 撃墜王、いい表現ですね。でも撃墜王であり続けるのは大変そうだ。
黒鉄 島地さんの場合は「大変でした」ではないでしょうか(笑)。ただ、そういう時期を経て男として成熟してくると、もっと気持ちがいいことがあると気づきます。物理的な粘膜から、いうなれば、精神的な粘膜へと憧憬の対象がステージアップするといいますか・・・。
島地 精神的な粘膜! うまい表現ですね。まさに至言。これはなにも女についてだけではなく、あらゆることに言えると思いますよ。