最新の電子機器を自在に操り、ドローン(無人機)を飛ばし、さらにはGoogle Glassを身につけ、デモや紛争をリアルタイムで伝えるのに執念を燃やすジャーナリストがいる。『ヴァイス・ニュース』のプロデューサーで記者も務めるティム・プールである。
ヴァイス・メディアは日本のメディア・ウォッチャーの間ではほとんど話題になっていないが、ニューヨークのメディア業界人の間では注目の的になっており、業績面でも急成長を遂げている。好き嫌いがはっきり分かれるが、メディアビジネスに関心がある人は、一度は研究してみる価値がある。
今回は、ヴァイス・メディアについて解説した上で、ティム・プールへのインタビューをお届けする。
ヴァイス・メディアは、1994年にカナダのモントリオールで発行された『ヴォイス・オブ・モントリオール』というフリーペーパーに始まる。創設者はスルーシュ・アルヴィとシェイン・スミス。
その後、同誌は『ヴァイス』と改名し、ブルックリンのウィリアムズバーグに「ヴァイス・メディア・インク」として本社を構えた。CEOはスミスが務めている。フリーペーパーの発行を続けながら、現在はデジタルメディア、特にビデオの製作と流通を主要ビジネスにしている。ターゲットは若者で、世界35ヵ国にオフィスを置いている。スミスは、ヴァイス・メディアは「ストリートのタイムワーナー」であるとしている。
現在、ヴァイス・メディアはアメリカでは9つの関連サイトを展開している。メインサイトのアメリカ版はこちらで、日本版はこちら。ケーブルテレビのHBOでも『ヴァイス』という番組を製作している。
「ヴァイス(悪)」と銘打つだけあって、メインストリームのメディアがあまり扱わないテーマを、強烈なテイストで取り上げる。例をあげると、ペニスの移植、イギリスのヒップホップ・シーン、ニューヨークのストリートファッションXXBCといった具合である。アメリカ版にはNSFW (Not Safe for Work)という18歳以上を対象としたセクシャルなトピックを扱うセクションもある。悪趣味なサイトだと思う人も少なくないだろう。
これが若者には受けている。ヴァイス・メディアのビデオビューは月間5億回。オーディエンスの64%は男性で、年齢では18歳から24歳までが35%、25歳から34歳までが41%を占める。同社の収入の多くはスポンサード・コンテントによるもので、若者にリーチしようとGE、NIKE、ロレアルなど錚々たる企業がブランド・パートナーになっている。
スミスCEOはブルームバーグの取材に対し、今年は5億ドル、2016年には10億ドルの収入を見込んでいると語っている。ルパート・マードックもその成長の可能性に注目し、すでに21世紀フォックスがヴァイス・メディアの株式の5%分を取得している。さらに、今週に入って、タイムワーナーがヴァイス・メディアの株式の取得を目指しているとの報道も出てきている。
ビッグビジネスへの道を突き進むヴァイス・メディアだが、「きわどい」記事やビデオを製作するばかりではなく、世界各地の紛争を伝えることにも力を入れている。例えば、こちらでは南スーダンの内戦を詳細に報じている。デジタルにシフトするにつれて利益が出なくなり、既存のメディアの多くは人気のない国際情勢の報道を縮小している。そうした中、若者にアピールする国際報道に成功している点は称賛に値することであろう。
残念ながら私はこれまでスミスCEOへのインタビューには成功していない。各種資料を読みこんだ限りでは、彼は反戦と環境保護が持論で、ロック・スピリッツの持ち主のようである。正義感を持ちながらワルを気取り、商売としてヴァイス・メディアを成長させているタフな男というのが私の見立てである。