第82回 ココ・シャネル(その四)ハンドバッグは「自分の墓地」---毒舌をふるった高級ホテル暮らし

福田 和也

「リッツでいちばん豪華な部屋を押えることも出来るけれど、私は屋根裏部屋に住むことを選んだの。ただし三つ・・・・・・。一つは眠るため、一つはおしゃべりするため、一つはお風呂に入るため・・・・・・」

毎日シーツを取りかえる大きなベッドは、ピンク色の電燈に照らされている。
浴室にはタオルがふんだんに用意されている。
なぜホテルに住んでいるんですか?
好奇心を抑えられない来客が訊く。

「気楽だからよ」

一時きっかりにランチを摂るなんて、御免こうむる。

「ひとはこんなふうに死んでいくのよ」

シャネルの毒舌は、フランスを代表する建築家、ル・コルビジェをも餌食にしていた。

「ル・コルビジェなんて、ぞっとするわ。あの杭の上にたっている家・・・・・・。家というのはワインやハムをしまっておく蔵のようなものなのよ」

ケネディ大統領夫妻は、シャネルの嘲笑の的になっていた。

「アメリカはあの二人の私有物になってしまったようね」

子供たちとしゃがみこんでいるジャクリーン・ケネディを見て、人々は、その飾らぬ調子に打たれていたのに。

リッツ・ホテルシャネルは30年以上にわたり、リッツ・ホテル(パリ)のスイートで暮らした

シャネルは、大きな声をだした。

「忘れないで、ジャクリーンは、カメラマンを引き連れているのよ」

シャネルにとってもっとも辛いのは、リッツで、シーツが優しく、ピンと張られている雪のような純白のベッドを見ることだった。

一九七一年一月一日・・・・・・。
ココ・シャネルはひとりでリッツ・ホテルにいた。

「待つことがあたしの仕事なのよ」

リッツの部屋に閉じこもり、仕事が再開するのを待っていた。
そして仕事の日々が戻ってきた。
死の前夜まで、シャネルは仕事をしていた。