感動読み物この男がいたからダルビッシュ、田中はメジャー入りできた 伊良部秀輝 哀しき最速エースの肖像 後編 父との対面と、突然の別れ

週刊現代 プロフィール

「おカネは必要ない。私はそんなつもりで来たんじゃない」

トンプソンは激しく首を振った。

「君を見捨てたことは悪かったと思っている。すまない」

伊良部は「分かりました」と答えた。

「しかし、どうしてしばらく連絡が途切れてしまったのかを説明できなかった。自分の頭がさまざまなことを受け付けなくなったこと、戦争によるPTSDに苦しんでいるんだ、とね」

PTSDとは、心的外傷後ストレス障害のことだ。強いストレスを受けた後に起きる精神障害を意味する。戦争から30年以上経っても、戦争の夢を見た。戦闘の場面が頭に急に蘇り、苦しむこともあった。

二人の壁となったのは言葉だった。伊良部はほとんど英語を話すことができず、ヤンキースの通訳、ジョージ・ローズを通じて会話するしかなかった。

「ジョージはヤンキースに雇われた野球の通訳だ。私の心の深い部分まで通訳してもらうことは気が引けた。だから秀輝は私に捨てられたと思っただろう」

トンプソンは哀しそうな顔で下を向いた。

燃えつきてしまった

実の父親と会ったことは、伊良部の心に強い影響を与えていた。トンプソンがタンパを去った後、伊良部の目から力が失われ、ぼんやりすることが多くなった。集中力の欠如はプレーに影響した。そして「事件」が起こる—。

春季キャンプ終盤に行われたオープン戦で伊良部が一塁のベースカバーに入らなかったのだ。

そのプレーを見て怒ったのが、ヤンキースの名物オーナー、ジョージ・スタインブレナーだった。緩慢なプレーに怒り、「太ったヒキガエル」と罵倒した。

伊良部は臍を曲げて、次の遠征先に同行しなかった。そのため、'99年シーズン開幕直後の先発ローテーションからしばらく外れることになった。

'99年8月、伊良部はシアトル・マリナーズとの試合のためシアトルを訪れている。シアトルとトンプソンの住んでいるアンカレッジは頻繁に飛行機が飛んでいる。そこで伊良部はトンプソンに試合のチケットを送ったのだ。マリナーズとの4連戦で、伊良部が登板することはなかったが、親子はシアトルのシーフードレストランで一緒に昼食をとることになった。