60すぎたら、どんどん捨てなさい【part6】面倒も見てもらわない

捨ててこそ、楽しい人生が始まる
週刊現代 プロフィール

そして最終的に残すおカネは、自分と妻の火葬代だけあればそれで十分だと語る。山崎さんはこう締めくくる。

「『子供のために』、『いざという時のために』といって死ぬまでカネを抱えこむ。そんな人生に、僕はあまり意味があるとは感じません。いま、この瞬間をどう生きるのか、どう楽しむのかが一番大事なことではないでしょうか。

『子孫のために美田を買わず』という言葉がありますが、本当にその通りです。その代わり、息子に『俺たちにもし何かあったら、面倒をみてくれよ』という気持ちもありません。息子には息子の人生を、私に左右されることなく、歩んでほしいと思っています」

山崎さんのようにキッパリと決断できるのは珍しいケースだと、消費生活アドバイザーの阿部絢子氏は言う。

「実は、団塊の世代は『捨てる』ことが苦手な方が多いんです。団塊世代は、日本がどんどん豊かになっていく様をその目で見て、直に体験してきました。モノが豊かであることの良さを知っているからこそ、その感覚から逃れられない。つい追いかけてしまう。結果としてモノを捨てられず、ますます身の回りにモノが溢れていくという悪循環に陥る人が大勢います。

そういう方に対しては、必要な分だけ残して、他はすべて捨ててしまうということでしか、生活は変えられないとアドバイスしています」

サラリーマンとして電機メーカーに38年間勤務した埼玉県在住の加藤勝さん(61歳・仮名)は自身の経験をこう振り返る。

「定年を機に、ふと息子に言ってみたんです。『お父さんのスーツ、もうこれから使わないから、お前が着るか』と。そうしたら、『いいよ。スーツくらい自分で買うから』と、少し気まずそうに言われてしまいました。息子のホンネとしては、『そんなの着るわけないじゃん』だったのかもしれません。

ショックだったけど、その一言で吹っ切れたものがありました。自分のモノを残す、その発想は、相手にとっては迷惑なことなのかもしれない。そして一方で、『カネならもらう』ともし息子が思っているとしたら、それはそれでムシが良すぎる。息子のためにカネを残すのは彼のためにもならないと、その時気づいたんです」

加藤さんは翌日、愛着のある20着ほどのスーツを、淡々とゴミ袋に詰めた。

「夜眠るときは少し名残惜しい気もしましたが、朝、ゴミ捨て場に出して、回収したゴミ収集車が走り去るのを見届けたとき、いまだかつてないような爽快感を味わったんです。ああ、せいせいした、と。

私はいま、どうやって自分のカネを自分で使い切ろうか、久しぶりに大型バイクにでも乗るかと、楽しく思案を巡らせているところです」