「ホンダには創業者のつくった『買って喜び、売って喜び、創って喜ぶ』という“3つの喜び”の文化がある。
われわれには、みんなが一生懸命に創意工夫しながらモノをつくる。それをお客さまが買って、使って、喜ぶ。それを見て『ああ、よかった』と達成感を感じるという文化がある。経営理念です。
そこから外れて、そろばん勘定だけで、他社の製品をOEM(相手先ブランド製造)でもらう戦略などありえない。それをやればホンダでなくなる。ですから、安易に他社と資本提携する考えはありません」
以前、私が「他社との資本提携を否定するのはなぜですか」と訊ねたとき、伊東はこう答えた。
どうすればグローバル競争に勝てるか――。日本の製造業全体に突きつけられた重い課題だ。
特にエレクトロニクス産業などは「良い商品をつくれば売れる」という常識が通用しなくなった。
世の中を変えるほどの革新的商品でなければ競争に勝てない。汎用品の商品で勝利するには、資本効率一辺倒の経営を徹底するしかない。かといって効率一辺倒の経営に走ると、日本企業は日本企業でなくなる。
このジレンマに、日本企業のトップは頭を抱える。
元来、日本企業の強みは人や技術を「育てる文化」にあった。ホンダもその文化を継承し、“独自主義”“自前主義”を貫いてきた。
かつて伊東もこう語っている。
「買収した企業の体質を変えられても、企業文化は変えられない。文化というものは、社員全員が共同作業をしながら醸成していくもの。買って変えることを否定するわけではありませんが、ホンダの文化を育てるのは難しい」
「育てる文化」を持つ企業の強みは、そこから従業員のロイヤルティ(忠誠心)が生まれ、従業員同士の絆が強まり、社員全員が一体感を持つ「企業風土」が生み出されること。
さらに全従業員が育てる喜びを共有することで、社員のモチベーションや士気は高まる。その半面、成果が上がるまで一定の時間を要する。これが弱点だ。
一方、資本効率重視の欧米企業は、人・技術・事業を「選択する文化」。特徴は、成果が速く得られることと、“人に任せること”。日本の企業が小さく生んで大きく育てている間に、市場を奪われるのはそのためだ。日産が中国で日本車No.1になったのは、効率重視のカルロス・ゴーンが提携先の東風汽車に生産を任せているからだ。同様に東風と合弁生産を行っているホンダは、そうはしない。
ホンダが“中小企業文化”にこだわるのは、育てる文化を維持するためだ。日本に1万人を超える事業所はひとつもない。最大規模が鈴鹿製作所で、約7000人。従業員同士の顔が見え、お互い「おい」と言えば、相手が誰かがわかる。
工場を分散化し、多様な文化を受け入れるのもホンダの特徴。工場は1ヵ所に集約せず、埼玉、栃木、浜松、鈴鹿、熊本、また米国でもオハイオ州、アラバマ州と分散化する。1990年代後半、北米で増産計画が浮上した際、工場新設候補地として、オハイオ工場の隣接地とカナダの2ヵ所が挙がったが、後者を選んだのは効率より文化を重視したからだった。
文化重視の極めつけは、車づくりに象徴される。かつて伊東は私に語った。
「本田宗一郎は超プロダクトアウト(企業の意向を重視する)でやってきた。『こうやったらもっと面白い』『人がやってないものをやれ』と。それがホンダの源泉。組織が大きくなると、プロダクトアウトをやるのは難しい。けれども、そういうことをやって成功しなければホンダではなくなる。新しくて面白い技術と製品が現場からどんどん提案されてくる。そんな会社にしたい」
「育てる文化」の経営に、いかに経営効率を求めていくかが今、問われているのである。