『生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像』著:中沢弘基---詠み手と読み手

中沢 弘基

しかし一方で、そうして書かれた書籍や論文から何を読み取るかは、深くも浅くも、結局は〝読み手〟の力量に依存します。筆者がこれまで〝読み手〟となった書や論文の数は、歳を経た今となってはとても数え切れませんが、それぞれどのくらい深く読み取れたか、読み手としての力量は心許なしです。それでも、「漱石や志賀は中学生、スタンダールやトルストイは高校生」と嘯く、あの〝六〇年安保世代〟の学生達の一人として、サルトル、ボーボワール、そしてマルクス、エンゲルスと、たくさんの本を読みました。筆者の場合はその中に、生命起源論のオパーリンやバナールやシュレーディンガーが居たのです。

しかし、それらのキラキラした〝青春の書〟は、その後の高度経済成長を支える日常に紛れて、記憶の底に深く沈んでしまいました。あの世代はみんな、今は退役していますが、同じだったでしょう。

筆者の場合は、X線結晶学や物質科学の研究活動の中で、まったく忘れていましたが、研究者人生の後半になって、心底から面白い研究をしようと思った時、新素材や新物質が脚光を浴びる時代でしたが、敢えて陳腐なモンモリロナイト(粘土鉱物)を国立研究所の公式研究テーマに提案しました。時代に先行して、粘土を使った〝地球に優しい〟石油製品代替素材を開発することも研究目標にしましたが、モンモリロナイトを手掛かりに生命の起源の研究に取り組もうと考えたのです。〝青春の書〟のバナールの仕業でした。

提案は受理されて十五年間も一組織を主宰して研究を続けましたが、〝生命の起源〟に関しては、思ったほどの成果は挙げられず、むしろその後転職した大学で、新進の学徒を指導する中で、ようやく幾つか、世の衆目を集める研究成果を挙げることができました。青春真っ直中の、若い学徒との共同の成果です。記憶の底に沈んで退役した〝青春の書〟は、現役の青春と干渉しながら、日の目を見たわけです。『生命誕生』は、それらの成果を加えて、新しい生命起源論を展開したものです。

拙い〝読み手〟として、読んで忘れたたくさんの書の著者達に、敬意と謝意を表しながら、今般は自ら〝詠み手〟として一書を世に問います。

(なかざわ・ひろもと 独立行政法人物質・材料研究機構名誉フェロー)
講談社 読書人「本」2014年6月号より


「生命はなぜ生まれ、なぜ進化し続けるのか?」
生命科学最大の謎を初めて解き明かしたサイエンスミステリーの傑作。一気読み必至!

無機工学の専門家である著者は、生命の源となる分子の誕生には、地球に大量に飛来した隕石が深く関わっており、しかも、生命誕生のプロセスは海中ではなく、地中の奥底深くで行われた可能性が高いという。「生命はなぜ生まれ、なぜ進化し続けるのか?」。きわめて原初的な問いかけに対して、科学的かつ論理的に明晰に答えた、知的好奇心を刺激するエキサイティングな作品。

◆著者紹介
中沢弘基(なかざわ・ひろもと)

1940年長野市生まれ。物質・材料研究機構名誉フェロー。日本地球惑星科学連合フェロー。元東北大学大学院理学研究科教授、元無機材質研究所特別研究官、元日本粘土学会会長。著書:『生命の起源 地球が書いたシナリオ』(新日本出版社、2006年)。主な受賞歴:日本結晶学会賞(一九七八年)、科学技術庁長官賞(1992年)、井上春成賞(1998年)、全国発明表彰発明賞(1999年)、産学官連携功労者表彰経団連会長賞(2006年)。褒章:紫綬褒章(X線導管を用いた走査型X線分析顕微鏡の発明)(2000年)。叙勲:瑞宝中綬章(2011年)