特別対談 加藤陽子(東京大学教授)×高木徹(NHKディレクター)---「国際メディアと日本人」

加藤陽子, 高木徹

高木 「ロシア系住民の保護」を名目に軍隊を派遣して併合するというのは、ヒトラーがチェコのズデーテン地方を併合した史実を想起させます。その点を西側は批判している。逆に、ロシアはウクライナで「政府転覆」を謀った連中は「ナチの再来だ」と非難しています。

加藤 プーチンの言い分にも二分の理があって、ウクライナの西側にいる人たちは、かつてナチスドイツと組んで、ユダヤ人を殺したじゃないかというのは、本当なんですよね。実際、ウクライナの暫定政権の支持基盤には、極右的な民族主義者たちがいる。

高木 ようするに、どちらも倫理の基準は第二次世界大戦の歴史的な教訓にあって、それはこの先も変わらないでしょう。

加藤 いま中国は日本に対してそこを突いてきていますよね。「カイロ宣言とポツダム宣言で樹立された良い国際秩序に対して、日本は挑戦している」と。このような批判にどう答えていくかということを、日本はもっと考えなければなりませんね。

高木 そうですね。第二次世界大戦の結果、生まれた国際秩序と善悪の価値観というのは、今回のウクライナ問題に限らず、国際メディア情報戦において絶対的な論拠として機能しています。

加藤 特に日本は、そのことを常に意識しておく必要があります。本書の終章でお書きになっているように、ナチスドイツと同盟を結んで戦った日本は、その点で常にハンディを背負っているわけですから。

そこで高木さんが示唆されている日本が持つべき「心構え」は、何も突飛なものではなくて、ごく当たり前のことに気づかせてくれるものでした。たとえば、これほど安全な社会というものは世界を見渡してもめったにない。人権の尊重や表現の自由といった点でも、世界と共有する価値観は中国とは比較にならないぐらい多くある。そういう日本の「資産」をうまくPRして、地道に日本のファンを増やしていくことがこれからの課題でしょうね。

高木 好むと好まざるとにかかわらず、国際政治の現実が、国際メディア情報戦の帰趨によって動く以上、日本も「参戦」するしかありません。黙っていても誰かがわかってくれるはず、という期待は通用しませんからね。

(了)
講談社 読書人「本」2014年6月号より


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情報戦というと、CIAやらMI5やらの情報機関が水面下で暗躍する、「ごく一部の人しか知らない情報」をいかにゲットするかの戦いのことだと思う人も多いだろう。しかし、現代において重要なのは、むしろどれだけ多くの人に、自分に有利に働く情報を到達させ、いかに印象深くその心に植え付けるかという、いわば「出す」情報戦なのだ。情報とは、自分だけが知っていても意味はない。現代では、それをいかに他の人に伝えるかが勝負になっているのである。――<本文より>
 
高木徹(たかぎ・とおる)
1965年生まれ。NHKディレクター。手がけた番組に「民族浄化~ユーゴ・情報戦の内幕」、「情報聖戦~アルカイダ 謎のメディア戦略」、「パール判事は何を問いかけたのか~東京裁判・知られざる攻防」などがある。近著に『国際メディア情報戦』。
加藤陽子(かとう・ようこ)
1960年生まれ。東京大学教授。専門は近代日本史。主な著書に『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(小林秀雄賞受賞)、『昭和天皇と戦争の世紀』。『徴兵制と近代日本』、『戦争の日本近現代史』、『満州事変から日中戦争へ』などがある。