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特別対談 加藤陽子×高木徹「国際メディア情報戦と日本人」

ニュース番組の現場で

加藤陽子 高木さんの『国際メディア情報戦』を、私は「本」連載中からページを切り抜いて、毎号楽しみに読んでいました。ここでお書きになっていることは、国際社会で生きていくうえで、日本人に最も欠けている視点だと思います。

加藤陽子(かとう・ようこ)
1960年生まれ。東京大学教授。専門は近代日本史。主な著書に『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(小林秀雄賞受賞)、『昭和天皇と戦争の世紀』。『徴兵制と近代日本』、『戦争の日本近現代史』、『満州事変から日中戦争へ』などがある。

NHKのディレクターというと、近代日本史の研究者としては、二・二六事件の決起将校の通信傍受記録を発見した中田整一さんや、「昭和天皇独白録」作成にGHQ側で関与したフェラーズ文書を発掘した東野真さん、ノモンハン事件をソビエトの機密文書からたどった鎌倉英也さんなどがすぐに思い浮かぶのですが、高木さんはずいぶん肌合いが違いますよね。

「史料」ではなく「生の情報」、刻々と流れていくニュース映像なんかをじっと見つめて、その背後にある「意図」や「潮目の変化」を読み取っていく。

その目の付けどころがすごく新鮮でした。

国際メディア情報戦

高木徹 NHKのノンフィクションのディレクターには、制作局系と報道局系の大きく二つの流れがあります。

今おっしゃった先輩方はみなさん制作局のディレクターで、私はもともと報道局に属していたんです。だから、駆け出しのころは朝のニュース番組「おはよう日本」にいました。そこで、連日徹夜で海外のニュース映像を見つづけるような生活を送っていたんです。

高木徹(たかぎ・とおる)
1965年生まれ。NHKディレクター。手がけた番組に「民族浄化~ユーゴ・情報戦の内幕」、「情報聖戦~アルカイダ 謎のメディア戦略」、「パール判事は何を問いかけたのか~東京裁判・知られざる攻防」などがある。

加藤 ちょっとやってみたい気もしますけど、実際は日々、目の前のニュースに追われて大変なんですよね。

高木 現場の一兵卒みたいなものですからね。ただ、そのなかで、ボスニア紛争の海外での情報の流れに何か不思議なものを感じたのです。

たとえば、サラエボの市場に砲弾が落ちて、そのままではとても放送できないような凄惨な映像が飛び込んでくる。この時点では、セルビア側かボスニア側か、誰の仕業なのかわかりません。

ところが、数日後には必ずセルビアが悪者になっていくんです。各国の首脳がそういう発言をして。1995年頃、何度かそんなことがあって、「あれ?」と思うようになりました。

次に99年にコソボ紛争が起こって、このときも似たような構図で、最終的には「ミロシェビッチ(セルビア大統領)が悪い」となっていった。

やっぱり変だなと思って調べてみたら、インターネット上に「いつもセルビアが悪者になるのは、実は92年のボスニア紛争のときに始まっていた。それを陰で仕掛けたのは、ジム・ハーフという奴だ」という書き込みを見つけました。そこから取材をスタートしたんです。

加藤 ニュースの現場での小さな引っ掛かりを心に留め、次でその中核部分に迫った結果、後にNHKスペシャル「民族浄化~ユーゴ・情報戦の内幕」とそれを書籍化した『戦争広告代理店』に結実するわけですね。

戦争広告代理店

なぜあの戦争は避けられなかったか

高木 私が今回『国際メディア情報戦』で書いたのは、冷戦終結後の世界です。

冷戦が終わって、東と西が睨み合う「単純な世界」は過去のものとなりました。世界各地で紛争が起こり、しかも紛争当事者のどちらが正しく、どちらが悪いのか、すぐにはわからない。たとえばセルビア人とアルバニア系住民が対立したコソボ紛争にしても、その背景は簡単に理解できるものではありません。