2014.05.16

明日(あした)はあなたも殺人犯!

検証「恵庭OL殺人事件」再審棄却決定
瀬木 比呂志 プロフィール

自白や物的証拠はなし、あるのは情況証拠のみ

 この事件については、中心となった弁護士で、家裁調査官、衆議院議員の職歴もある伊東秀子氏による『恵庭OL殺人事件――こうして「犯人」は作られた』(日本評論社)がある。再審請求に携わっている弁護士が、その過程でこうした書物を発表するのは、よほどの事情があることを示している。もっとも、私も、元裁判官であり、前記の棄却決定も出ているので、この書物については、まずは徹底して批判的に読んでみた。しかし、過度に容疑者に寄り添った記述はほとんどなかった。あえていえば、容疑者が被害者に対してその生前にかけていた無言電話の動機につき、困惑の結果であり、いやがらせの意図まではなかったとしている点くらいであろうか。しかし、ここは内心の微妙な問題であり、全体の中でみれば、小さな事柄にすぎない。

  以下の記述は、主として伊東書により、また、私の考えを付加する場合にはそのことがわかるようにしている。

 この事件については、容疑者は、やはり最初の時点では神経科に入院しなければならないほどの恫喝的な自白の強要を受けたにもかかわらず、一貫して否認している。そして、犯罪と容疑者を結び付ける直接証拠は一切存在せず、存在するのは情況証拠だけである。

 まず、私が裁判官としての経験からそれらの中で唯一重要なものと考えたところの、被害者の携帯電話からの発信記録について検討してみよう。この被害者の携帯電話は、事件後に、何者かによって、容疑者と被害者の勤務していた会社(以下「本件会社」という)の被害者のロッカーに戻されていた。

 検察の主張は、この携帯電話からの7回の発信(3月17日0時5分31秒から3時2分38秒まで)の宛先が、容疑者が交際していた男性の当時紛失中の携帯電話など本件会社の従業員しか知りえないものであることと、その発信記録が容疑者の足取りにおおむね一致することとを根拠としている。

 しかし、そもそも、「被害者の生存偽装目的」での発信という検察の主張は「発信履歴が消されていた」という事実と矛盾していて疑問であると弁護側は主張する。そのとおりであろう。また、私は、容疑者にとってそのような偽装を行うことにどのようなメリットがあったのか自体定かではないと思う。見晴らしのよい雪原(北海道なので3月には雪がある)の農道脇に死体を放置した以上、それがその場所で早晩発見されることは明らかであり、現に翌朝発見されているからである。

 また、当時の携帯電話には所在位置を特定させるGPS機能は付いておらず、所在方向を示すだけ(基地局からみた携帯電話の所在地が60度以内の方角で判明するだけ)であり、したがってその「所在方向」自体にどれだけの意味があるのかもいささか疑問であり、のみならず、その発信履歴を子細にみれば、大まかにいえば容疑者の足取りと一致しているともいえるものの、そうはいえない部分も存在する。

 さらに、被害者殺害後その携帯電話の発見時(3月17日午後3時5分)までの着信履歴17回のほうには、容疑者がずっとその携帯電話を持っていたとすればその足取りからしてありえない「電源断あるいはエリア外」の時間帯があることも大いに疑問である。容疑者が携帯電話を持っていたのなら一時的に電源を切る理由はなく、また、詳細な説明は省略するが、彼女の足取りからすれば「エリア外」はありえないからだ。

 伊東弁護士は、以上のような発信履歴、着信履歴について、「本件会社で働いていた男性を含む複数男性による強姦、殺人、死体損壊」の可能性を視野に入れるなら、犯人の一人が携帯電話を持って移動した場合の移動に見合った発信履歴、着信履歴とみるほうがより自然であると主張するが、これも、そのとおりであろう。