「今後、ユニクロは世界中に出店しますから、それぞれの地域でリーダーになれる人間を育てる必要があります。執行役員は約20人(当時)ですから、その10倍の200人を育てなければなりません」
柳井はかつて、私にこう語った。
後継者をどう育てるか――。急成長を遂げてきた優良企業の経営者にとって共通する悩みである。
経営者の中で、柳井ほど早くから「経営者の育成」に取り組んできた人物はいない。なにしろ、50歳のときから15年後の自分の体力、知力の衰えを危惧し、後継者の育成に腐心してきた。それも、失敗を重ねながら挑戦し続けている。
最初の失敗は、中途採用した若い経営者志望の人材の育成だった。育成する途中で会社を辞めていく者などが現れ、うまくいかなかった。次に、大企業の役員経験者や特定分野の専門能力を持った人材を中途採用して、彼らに経営を任せようとした。しかし、成功しなかった。
「『われわれはこういう企業で、こういう商売をしたい』というDNAが、うちの会社とは違う人が多く、マッチしなかった。ある程度できあがった人というのは、自分のスタイルや価値観を捨てられず、過去の経験で仕事をしようとする。これではダメだ」
一連の失敗経験から、柳井は、対象者をFRのDNAを一から受け継いだ若者に絞ることにした。そのうえで編み出した仕組みが、10年に開始した専門教育機関「FRマネジメント・アンド・イノベーションセンター」(FR‐MIC)設置による育成である。経営者養成の“実践大学”であるMICで、FRへのロイヤルティ(忠誠心)のある25~35歳の若者を5年間教育して、その後10年間ほど実務経験を積ませ、一人前の経営者に育てる。柳井は語った。
「MICでは実践を前提に、社員の指導教官、大学教授と一緒に勉強する。僕も、毎週1回、教壇に立って経営の原理原則を教えています。教材は、僕の経営の心得をまとめた『経営者になるための本』です。これは書き込む余白のあるノートにもなっている」
200人からの経営リーダーの育成が進めば、どうなるのか。柳井によると、会社全体のビジョンなど、重要な決定はCEO(最高経営責任者)が行うが、日常の経営執行は、財務、人事など、3~4人の担当の執行役員から成る「集団指導体制」になる。
柳井が経営者育成に心血を注ぐのは、松下幸之助、本田宗一郎、井深大、中内㓛など、多くの創業者を研究し、高齢経営者のマネジメント能力の限界を知っているからである。持続的成長を遂げるには、チームを組んでトップマネジメントを行う必要がある。年老いた創業者がいつまでも経営の采配を振っていたのではダメだ。トップマネジメント・チームに引き継がなければ――。
「『健全な精神は健全な肉体に宿る』と言われるように、知力と体力はセットになっている。経営者は体力、気力、考え抜く集中力が求められる。何百項目もある問題点を全部、優先順位をつけて解決するのが経営者。そのためには走りながら考えないといけない。65歳を過ぎてそういうことをしようと思っても、僕自身の体力が持ちません。歳を取った経営者は、どこかで、それまでにはなかった見落としや手抜きをしてしまっているはずなのです」
柳井の革新的「経営者の育成」は続く。