「人生の最期は、家でひとりで」の時代がやってくる
『孤独死のリアル』著者・結城康博インタビュー

結城 康博

結城 まず、人間関係をつくるのが苦手な人ですね。家族や親戚とのつきあい、友達づきあいもおっくうな人。わがままな人や、独りでいるほうがいいというおとなしい人。もちろん、独りでいるのが好きでも、友達がいて、日頃から交流している人は孤独死しにくい。

「孤独死したらあぶない」と思っている人は、意識して人間関係を大事にするから大丈夫かもしれないですね。孤独死に関心がない、あるいは自分は関係ないと思っている人のほうがあぶないのです。

「家族や地域ががんばろう」でよいのか?

――孤独死問題を社会の中で考えるのに、大事なことは何でしょうか?

結城 孤独死問題はどうしても、自治会や民生委員などの地域の見守りで防ごうという考え方になりがちです。最近の国の政策でもそういった「互助」という考え方が強調されています。

 たしかに地域の力や「互助」は大事だし、盛り上げないといけないけれども、不安定な要素も多いのです。個人の負担に頼るボランティアですし、地域での見守りも「きのうは見守ったからきょうはいいか」とか、「新聞が少したまっているけど様子を見ようか」といったふうに、その人の感覚で、まちまちになりがちです。

 その点で、本書でも、読売新聞やヤクルトなどの例を取り上げていますが、自治体が民間企業と組んで、配達先の独り暮らし高齢者を業務として見守ってもらう、というサービスを取り入れるのは有効です。企業がやれば、システムとして均一なサービスを提供できます。

 ただし、異状を発見したとき、実際に責任を持って対応できるのは行政です。プライバシーに一歩踏み出さないといけないこともある。だからやはり、孤独死対策には、行政が担う「公助」の充実が要なのですね。職員の経験の蓄積も必要です。

 政府はそんな実態と逆方向に、「家族ががんばりましょう」という「自助」、「地域で見守りましょう」という「互助」の方向に、私たち国民を誘導しようとしている。しかし孤独死対策には、公的サービスや職員を増やす、地域包括支援センターを充実させる、など「公助」を増やすべきです。それによって、「互助」も育ってくるのです。