◆西谷公明「誰にウクライナが救えるか 友ユーシェンコへの手紙」『世界』(岩波書店)2014年5月号
西谷公明氏(国際経済研究所理事、元ロシア・トヨタ社長)は、ウクライナ独立期にキエフの日本大使館に専門調査員として勤務した経験があるウクライナ専門家だ。今般のウクライナ危機をめぐって、ユーシェンコ元同国大統領に宛てた書簡という形態で優れた情勢分析を行っている。
<私には、ウクライナがEUとの連合協定(自由貿易協定)をのぞむ理由が理解できません。利益を得るのがドイツやフランス、ポーランドなどEU諸国であることは明らかです。低迷するEU経済は、人口四六〇〇万の一大新興市場を手中にできるのです、けれども、ウクライナが競争力を有する輸出品には厳しい輸入割当(各国ごとに上限二%の範囲内)が課されます。これではウクライナはEU商品に市場を奪われ、自国の経済を痛めるだけなのです。東部や南部の鉱山業や化学工業は深刻な打撃を受けるでしょう。また、ウクライナ農業は、手厚い補助金に守られたEU産品との競争によって苦境に立たされるにちがいありません。しかも、連合協定を締結したとしても、近い将来EUに加盟できるとは限らないのです。
おそらく、ヤヌコビッチ前大統領にもそのような事情はわかっていたはずです、他方、ヤヌコビッチ氏はロシアとだけ連携したかったわけではなかったでしょう。デフォールトの危機が迫るなかで、貴殿を含む過去の大統領と同じように、ロシアとEUのあいだでバランスを取ろうとしていました。交渉のねらいは、EUとの連合協定そのものに共感したからではなく、ロシアとEUの双方を揺さぶる「金策」にありました。けれどもEUが態度を崩さず、資金援助を拒んだため、ロシアへと向かいました。そして、これに対してロシアは、公的債務の償還に必要な一五〇億ドルの金融支援と、天然ガスの三三%割引を約束してこたえたのでした。・・・(以下略)
◆宇佐見良記「ロシアの危うい選択に勝算はあるのか」『中央公論』2014年5月号
宇佐見良記氏の肩書きはジャーナリストとなっている。筆者が知る中にロシアやウクライナに通じたこういう名のジャーナリストはいないので、商社員か外交官が変名で寄稿しているのであろう。クリミア情勢に関するもっとも優れた分析と思う。
<専門家の中には、クリミア半島はロシアにとっての要衝だと主張する向きもある。確かにセバストポリにはかの有名な黒海艦隊が存在する。あたかもアメリカの太平洋艦隊のような強力な空母艦隊が地中海に睨みをきかせているものと思い込んでしまいそうである。しかし、実際はそうではない。黒海艦隊が世界にその名を轟かせていたのははるか昔、ロシア革命の前であることを忘れてはならない。現在ロシア黒海艦隊に所属しているのは老朽化した船ばかりで、配属される軍人が若手の精鋭部隊でないことは、もはや公然の秘密である。もっとも、最近のロシア軍改革の掛け声の下、潜水艦も含めて新造艦がこれから配備されることになっているようだ。
(中略)クリミア半島は、ロシアにとって軍事的に大して重要ではないのである。そもそも、ヤヌコビッチ政権が二〇四二年まで黒海艦隊にセバストポリの貸借権を認めているので、今後ロシアが西側と軍事的に対峙する場面が到来したとしても、あえて半島全部を自分のものにする必要はない。もう一度地図をよく見てほしい。共産圏の国々に囲まれていたソ連時代と違い、周りはNATOの国ばかりである。今は旅順港の封鎖作戦が行われ、ロシアの艦隊が見事な戦果を上げた二十世紀初頭ではなく、五〇〇~一〇〇〇キロの射程距離のミサイルがあれば簡単に攻撃ができてしまう時代なのである。そんな場所に選りすぐりの部隊を置くはずもなく、実際、ロシア唯一の空母は北極海のムルマンスクを母港としている。>(75頁)
筆者もクリミアの軍事戦略的意味については、宇佐見氏と同じ意見だ。・・・(以下略
佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol035(2014年4月23日配信)より