常見陽平「若者に、『頑張れ』と言いっぱなしをする社会は、そろそろやめにしよう」【第3回】

『「できる人」という幻想 4つの強迫観念を乗り越える』より

だが、より大きなターニングポイントとなっているのは、平成18(2006)年の入社式報道だろう。前提として押さえておきたいのだが、この年は、就活史の中でも大きな意味を持つ。

というのも、90年代前半から十数年にわたり続いた就職氷河期が、この年に終了しているからだ。リクルートワークス研究所が発表する新卒の有効求人倍率(前出、図表 1-1)は、この年、1.60倍となった。1.3倍台が数年にわたり続いていたが、大きく回復したのだ。この年、私は人事担当として入社式に関わっている。元気な新入社員たちの姿が懐かしい。

だが、記事で取り上げられる社長のスピーチは、相変わらず厳しめであった。

好業績を記録したトヨタ自動車の渡辺捷昭社長は「急成長の陰で品質への信頼が揺らいでいるのではないかとの強い危機感がある」と語り、「品質」「安全」を見失わないようにと訴える。伊藤忠商事の小林栄三社長は、「『築城三年、落城一日』の言葉通り、一度でも問題が起きれば憂き目にあわないとも限らない」と危機感を伝えている。景気が回復し、大量採用が復活しつつも、危機感は変わらず強調されるのであった。

翌平成19(2007)年も、新卒売り手市場である。この年の注目のポイントは、「法令順守」や「コミュニケーション能力」への言及である。

期限切れ原料の使用が社会問題となった不二家の桜井康文社長は、「商品を買うお母さんの気持ちに立ち返ったサービスを」と訴える。また、NTTの和田紀夫社長は「問題解決の糸口は家族、同僚、先輩とのコミュニケーションにある」と語り、テルモの高橋晃社長は「昼間は研究室で自分のテーマに取り組み、夜は異分野の人と議論することでアイデアや論理が磨かれる」などと話す。まさに象徴的な訓示であろう。

この「コミュニケーション能力」は、平成の若者に必要な力として言及されることが多いが、意外にも日経の入社式報道で登場するのはこの年が初めてなのである。CSR、グローバル化、法令順守、コミュニケーション能力・・・。入社式における新入社員への注文は、ますます拡大しているように思える。

『「できる人」という幻想』より抜粋

常見陽平(つねみ・ようへい)
著述家、杏林大学・千葉商科大学・武蔵野美術大学非常勤講師、「クオリティ・オブ・ライフ」フェロー、HR総合調査研究所客員研究員。1974年宮城県生まれ。97年一橋大学卒業、リクルート入社。同社では「とらばーゆ」編集部などに在籍。2005年玩具メーカーに転じ、09年クオリティ・オブ・ライフに参加。14年春一橋大学大学院社会学研究科修士課程を修了。講演・執筆の専門分野は就活、転職、キャリア論、若者論、ノマドワーク、仕事術など。著書に『「できる人」という幻想』『「就社志向」の研究』『普通に働け』『「意識高い系」という病』『僕たちはガンダムのジムである』など。ツイッターアカウント:@yoheitsunemi  公式サイト:http://www.yo-hey.com

著者: 常見陽平
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