常見陽平「若者に、『頑張れ』と言いっぱなしをする社会は、そろそろやめにしよう」【第3回】

『「できる人」という幻想 4つの強迫観念を乗り越える』より

「会社人間いらぬ」の不思議

続く平成8(1996)年の入社式報道は奇妙だ。転機とも言える。なにせ日経の見出しが「会社人間いらぬ ひるまず挑戦を」なのである。新入社員を迎える場で、「会社人間いらぬ」とはどういうことだろうか。

ただ、当時の「空気」としては正しいとも言える。バブル崩壊後、就職氷河期やリストラが話題となり、平成七年の五月には、日経連(当時)が『新時代の「日本的経営」』を発表している。この文書は、日本的雇用慣行の見直し、特に正規雇用と非正規雇用を分けていく指針になったとされている。労働力について、長期蓄積能力活用型グループ、高度専門能力活用型グループ、雇用柔軟型グループの三グループに分類し、運用しようというのがポイントである。この変化は、メディアが煽るほど過激にではなく、しかしじわじわと着実に広がっていった。

そう考えると、平成8年は、入社式の大きな転換点と言えるだろう。かつての入社式は、長期雇用のスタートを象徴するものだった。しかし、そもそも労働者は一律ではなく、会社に入っても安泰ではない、そんな時代の到来を告げたのである。平成8年は、前年に比べて景気は回復傾向ではあったが、国際競争の激化やリストラの継続などから、「会社人間になるな」や「プロ意識を持て」といった、危機感を煽る訓示が中心だったと報じられている。

そのメッセージを強いトーンで伝えているのが、丸紅の鳥海巌社長である。彼は「会社人間ではこれからの時代は通用しない」「野茂やイチロー選手のようにエンジョイしながら仕事をし、結果を出す。これが本当のプロ」と発言している。もっとも、新入社員がいきなり野茂やイチローと比較されては、たまったものではない。中堅以上に言うべきだ。

そのほかの会社でも、「真のプロになってほしい」や「会社のためになる前に、自分がしっかりしたものになってほしい」といったように、「即戦力になれ」「自立しろ」と言わんばかりのメッセージが発信されている。

翌平成9(1997)年にはさらにその傾向が強まり、「君たち自身が会社」という見出しでまとめられている。出光興産の出光裕治社長の言葉である。彼は「会社があって、その会社に貢献するのではなく、君たち自身が会社そのもの」と語っている。三菱マテリアルの秋元勇巳社長の「出るクイになってもらいたい」というのも象徴的だ。

会社に甘えない、強く自立した正社員、という理想的な新入社員像は、この頃に形成されたと言えそうだ。

どんよりと暗い入社式

平成10(1998)年頃からは、危機感の慢性化・常態化が進むようになってくる。

前年の平成9年には、山一證券や北海道拓殖銀行の経営破たんがあった。それを受けてか、翌年からは危機感あふれる社長訓示が展開される。

本社ビル売却や大規模リストラなどに踏み切ったハザマの大和文哉社長は「今までの延長線では企業は生き残れない」とコメント。また、オリックスの宮内義彦社長の「現在の日本経済は危機的な状況。日本市場の不信感は今や頂点に達している」、理想科学工業の羽山昇社長の「大企業でも倒産する混乱の時代に入った」といった言葉は、日本経済の危機的状況を伝えている。

次第に「会社が潰れるかもしれない」というアピールも盛り込まれていく。ニチメンの渡利陽社長は「当社はごく普通の民間会社で、不沈艦ではない。終身雇用の保証もしない。嫌ならすぐお帰りください」(平成11年)という、かなり強いトーンで危機を訴える。同社は、のちに日商岩井と合併して双日になっている。不沈艦ではなかった。