常見陽平「若者に、『頑張れ』と言いっぱなしをする社会は、そろそろやめにしよう」【第3回】

『「できる人」という幻想 4つの強迫観念を乗り越える』より

特に富士電機の中里良彦社長は「不況期に入った社員ほど将来の大きな力になる。バイタリティーで不況を吹き飛ばしてほしい」(平成6年)などと、不況を逆手に取って叱咤激励している。これは、精神論のようで言い得て妙である。というのも、不況期に入社した新入社員は、入社時に覚悟ができており、入社してからも厳しい環境の中で仕事をするので成長するという説、そもそも不況期は、本来なら大手人気企業に入社していた優秀者層が、それ以外の企業に流れるという説があるからだ(海老原嗣生『雇用の常識決着版』など)。

とはいえ、社長が「不況期だから頑張れ」と言うのは、やはり精神論でしかない。バブル崩壊直後の入社式は、単に日本経済の厳しさを伝える場という様相を呈している。

震災とオウムの年に

平成7(1995)年といえば、阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件の年である。ライター・編集者の速水健朗氏は、2013年に『1995年』(ちくま新書)という書籍を発表し、スマッシュヒットとなった。

もちろん、この年が平成日本の大きな転機の年であったことは間違いない。1995年は、阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件という二大事件で語られがちだが、速水氏の本でも紹介されているように、各領域でたくさんの変化が起こっている。いや、起こり始めた年だとも言える。速水氏は、二大事件をいったんうまく手放して、1995年を考察した。

記憶というものはウソをつくし、象徴的な出来事だけが語られる。二大事件のインパクトが大きすぎたがゆえに、それだけで1995年が語られてしまう。だが、この年には決して無視できない出来事が続いている。東京都知事選で青島幸男氏、大阪府知事選で横山ノック氏が当選し、東西の二大都市で無党派のコメディアンが首長になったこと、首相が社会党の村山富市氏だったこと、震災の街・神戸のオリックスがリーグ優勝したこと、サブカルチャーで言えば『新世紀エヴァンゲリオン』が放送されたことなど、忘れている人も多いことだろう。

また、平成7年は、Windows95が発売されたことで、「インターネット元年」ともされる。だが、当時のWindows95には、ブラウザソフトであるインターネット・エクスプローラーがついていなかった。Windows95はフロッピーディスク版も用意されていたが、その数は最大で30枚以上あった。漫画家・岡崎京子のエッセイのタイトルではないが、「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」と言いたくなる。

経済的インパクトで言うならば、やはり円高だろう。入社式が行われた4月は、円相場が最高値を更新した月であった。この月の19日、円は戦後最高値の1ドル=79円75銭を記録した。各社の社長の訓示も、円高を意識したものになっている。

たとえば、旭化成工業の弓倉礼一社長は「この3ヵ月間に円が一割強くなった。固定費が10%上がり、それだけ競争力が弱まったと認識してほしい」と語っている。また、ファナックの稲葉清右衛門社長は「1ドル=80円に対応できる新商品の開発、製造の自動化によるコストダウンの2つこそ、まずやるべきこと」と語る。さらに、トヨタ自動車の豊田章一郎会長のように「この変革の時代を21世紀の新たな発展に向けた第二の創業期と位置付けている」といった、時代の変化や変革を煽るメッセージが散見される。

このように経営環境が激変する時代には、強みや個性を活かせという話になるのだろう。シャープの辻晴雄社長は「だれにも負けない切り札をひとつでも身に着けてほしい」と注文をつけ、味の素の鳥羽董社長は「全員一丸だけでなく、個人の能力を生かし、創造性のあるアイデアを出せる人を育てたい」と語っている。

しかし、個人の能力や個性が花開くのは、入社してすぐではないはずだ。このあたりから、企業経営者たちは新入社員を応援しているようでいて、実は丸投げにしているという状態が顕著になってくるのだった。