常見陽平「若者に、『頑張れ』と言いっぱなしをする社会は、そろそろやめにしよう」【第1回】

『「できる人」という幻想 4つの強迫観念を乗り越える』より

第一章 入社式に見る平成「働き方」史

入社式という景色

皆さんは、新卒で就職した企業の入社式を覚えているだろうか。そのとき、社長は何と語っただろうか。同期は、そしてあなたはどのような言葉を受け取っただろうか。

入社式というのは、実に不思議な光景である。ほぼ必ず社長が挨拶する。しかし、オーナー企業以外では、社長というのは「上がり」のポジションであり、たいてい年齢が上なので、数年後には退任してしまう。参加する新入社員としても、社会常識はもちろん、ビジネススキルも形成されているわけではないので、言われたことをただただ鵜呑みにするしかない。

そもそも平成という時代においては、入社式にたどりつけるだけ「勝ち組」である。大学を出ても「必ず」就職ができる時代ではないからだ。

『学校基本調査 平成二五年度(確定値)結果の概要』によると、平成25(2013)年3月卒において、大学を卒業する者は55万8853人であった。そのうち、就職者は「正規の職員等」が35万3175人(卒業生のうち63.2%)、「正規の職員等ではない者」が2万2782人(同4.1%)であり、合計すると37万5957人(同67.3%)である。その他を見ると、「進学者」が7万2822人(同13.0%)、「一時的な仕事に就いた者」が1万6736人(同3.0%)、「進学も就職もしていない者」が7万5929人(同13.6%)、「不詳・死亡」が8523人(同1.5%)となっている。

同調査によれば、卒業生に対する就職者の率(就職率)は、1962(昭和37)年卒において、過去最高の86.6%を記録した。バブル経済によって求人数のピークを迎えていた1991(平成3)年卒には、81.3%を記録している。バブル経済崩壊後は減少を続け、2000年代前半においては60%を切っていたが、2000年代半ばには回復傾向となり、2008(平成20)年卒においては69.9%にまで回復する。しかし、2008年9月のリーマン・ショック後に、再び下降に転じる。2013(平成25)年卒においては、67.3%に回復しているのだが。

このように、大学を卒業しても「必ず」正社員として就職できる時代ではない。進路も多様化しており、就職がすべてではない。そのため、いまやこの「入社式」というものも、誰もが体験するものではなくなってきている。これが平成日本の現実であることを、前提として押さえておきたい。

入社式に参加してみて、運営してみて

ここで、少しだけ自分語りをさせてもらおう。

私が入社式を体験したのは、1997年の4月1日だった。私は、この日、株式会社リクルート(現・リクルートホールディングス)に入社した。同期入社は約120名だった。2010年代においては、リクルート出身というと、いかにも「勝ち組」な印象を与えるようだが、そんなことは決してない。当時は、「リクルート事件」から10年も経っておらず、社会的イメージは良いものではなかった。事業投資の失敗などで、借金はおよそ1兆円もあった。メディアの主流が紙媒体からネットに向かい、リクルートの優位性は間違いなく崩れると言われていた。おまけに親戚からはヤクルトと間違われ、「ジョアは売れているのか?」などと聞かれる始末だった。

その入社式だが、ちょうど6月の株主総会で社長の交代が決まっており、当時の社長と次期社長の両方が挨拶するという、なかなかない光景を目撃することになった。社長の挨拶で鮮明に覚えているのが、「皆さんとも短いお付き合いになりますが」という一言だ。もうすぐ退任するからという意味ではあるが、入社式ということで私も緊張していたこと、当時の社長の滑舌が悪かったことなどから、「噂どおり、出入りが激しい会社なのか・・・」と思ってしまった。実際、同期入社の者も、最初の1年で10人くらいは辞めただろうか。

その9年後、私は別の会社で、人事担当として入社式の企画・運営をすることになる。準備は2ヵ月くらい前から始まり、スピーチをする社長や役員への根回し、新入社員代表の挨拶依頼など、実に地道なことの連続であった。このときの経験から、入社式とは、新入社員が新社会人となること、同じ会社の仲間になることをお祝いしつつ、社会人としての心構えを叩き込む場なのだと認識した。