常見陽平「若者に、『頑張れ』と言いっぱなしをする社会は、そろそろやめにしよう」【第1回】

『「できる人」という幻想 4つの強迫観念を乗り越える』より

本書は、平成の「できる人」に関する言説について考察する。特に、「できる人」になることを強いる4つのキーワードについて検証する。その4つとは、即戦力、グローバル、コミュニケーション能力、起業である。「即戦力求む!」「グローバルに活躍しろ」「若者にはコミュニケーション能力が必要だ」「若者よ、起業しろ」などと煽る様子を、皆さんもよく見聞きしてきたことだろう。この4つのキーワード・論点に着目し、検証する。

第一章では「入社式」という儀式について考察する。平成の入社式で、経営者たちは何を語ったか、新入社員たちにどんな訓示を述べたか、時系列に変化を追う。第二章では、「流行語大賞」における雇用・労働、キャリア関連のキーワードの変遷をまとめるとともに、企業が若者に対して求める力の変遷、「即戦力」という言葉の実態を追う。第三章では「グローバル」について、その言葉の意味の変化などを捉える。第四章では、「コミュニケーション能力」が若者に求められるようになった背景について考える。第五章では、「起業」のムーブメントについて考察する。

私は、『「キャリアアップ」のバカヤロー 自己啓発と転職の"罠"にはまらないために』(講談社+α新書)、『僕たちはガンダムのジムである』(ヴィレッジブックス)、『「意識高い系」という病 ソーシャル時代にはびこるバカヤロー』(ベスト新書)、『普通に働け』(イースト新書)など、ここ数年の一連の書籍において、「すごい人にならなければならない」と強迫する現代社会、安易な自分探しや自分磨きに走る風潮を批判し続けてきた。本書は、これまでの書籍の集大成だと言える。

思えば、私自身、自分探しや自分磨きで迷走してきた。会社や社会からの「すごい人になれ」という要請に怯えつつ、ビジネス書を読みあさったり、異業種交流会に参加したり、社内の出世競争に参戦しようとして傷ついたり、異動や転職を繰り返すなど、迷走した経験を持っている。なんとか、フリーランスの評論家、コラムニスト、大学非常勤講師という道を選ぶことができた。だが、いまもまだ迷走していると思う。こうして迷走してしまう構造を明らかにしたかった。

自分探しやビジネス書、自己啓発、若者論などについては、『自分探しが止まらない』(速水健朗、ソフトバンク新書)、『ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない』(漆原直行、マイナビ新書)、『自己啓発の時代 「自己」の文化社会学的探究』(牧野智和、勁草書房)、『「あいつらは自分たちとは違う」という病 不毛な「世代論」からの脱却』(後藤和智、日本図書センター)など、先行する偉大な書籍がある。これらをリスペクトしつつ、私なりに、自分磨きや自分探しの強迫と向き合ったつもりである。

この本はNHK出版の編集者、粕谷昭大さんの情熱とご尽力、私のアシスタントの一橋大学大学院社会学研究科博士課程の松岡瑛理さんのご協力がなければ完成しなかった。粕谷さんには私の遅い原稿を辛抱強く待っていただき、すばらしいかたちに編集して仕上げていただいた。松岡さんは、データやファクトの収集・整理にご尽力いただいた。二人の協力がなければ、本書が生まれなかったことは間違いない。

私自身、この3月に一橋大学大学院社会学研究科修士課程を修了した。修士論文完成後、真っ先にとりかかった仕事がこの本である。以前から準備を進めておきつつ、修士論文を書き上げたあと、一気に書き下ろした。私はこの本を書くのが楽しみだったし、この本は私に書かれたがっていたと思う。この本を書くことによって、私は自分の進路が見えた気がする。それは、世の中が間違った方向に行くことにブレーキをかけること、普通の人の普通の幸せを応援するためにアクセルを踏むことである。

本書がきっかけとなって、若者を強迫する社会、「できる人にならなくては」という幻想に、少しでもブレーキをかけることができたらと思っている。

若者に、「頑張れ」と言いっぱなしをする社会は、そろそろやめにしようではないか。

2014年3月吉日

書斎にて 
常見陽平