「講談社現代新書」50周年特別企画①
村井 実「講談社文化を背負って」

村井 実

村井 それを戦前に担っていたのは、どこよりも講談社だったと思う。「講談」という社名からしてそうですし、国民的雑誌であった『キング』や、私が子供のころに夢中になって読んでいた『少年倶楽部』の存在は圧倒的でした。『キング』はどこの家に行っても必ずありましたし、『少年倶楽部』には血湧き肉躍る痛快な冒険ものがたくさん載っていて、学年誌なんて馬鹿らしくて読めませんでした。世界中を見渡してもああいう雑誌は稀有なものだったと思います。

 つまり、講談社文化と呼べるものが戦前にはあったんです。そのことを自覚して、その伝統をどういうふうに生かしていくかを考えたらいい。だから私は、講談社は民衆の文化を背負うつもりで、新しい新書をつくれるのではないかと思ったわけです。

――先生のお考えを聞いて、編集部の人たちはどんな反応でしたか?

村井 山本さんは首をかしげていましたね(笑)。そんなことを本当に自分たちができるのか、と思ったんでしょう。とにかく講談社がいちばん落ち込んでいた最中でしたから、「講談社文化」なんて言われて、びっくり仰天したんじゃないかな。

 それから、外から見ていて、講談社にはどこか、「娯楽的な方面が自分たちの専門だ」という気風が感じられました。これは最初から講談社が持っていた意識かもしれない。だから、「文化を背負うなんて自分たちにはとてもとても……」とちょっと照れるようなところもあったでしょう。

現代新書らしさとは?

――先生が思い描いていた、岩波新書とは違う「現代新書らしさ」とは、具体的にどういうものでしたか?

村井 岩波新書が読者に高校・大学以上のレベルを要求し、知的エリートを対象にしていたのに対して、中学卒でも十分わかるもの、しかし内容においては高度で深いものを目指しました。

 岩波新書のまねをするのではなくて、それこそ戦前に『キング』や『少年倶楽部』を読んでいたような人たちが、「そうか、自分たちが日本の文化を背負っていけばいいんだな」と思ってくれたらいいなと。

「刊行のことば」は、新書創刊の意志を固めた山本さんに頼まれて書いたのですが、そこで私はこんなふうに言っています。