実娘殺害を計画する母、反撃を準備する娘。人間のおぞましい欲望が誰をも鬼畜に変える---ミステリー作家・島田荘司氏が見出した、深木章子の『鬼畜の家』が文庫で登場!

この作は稀な完成度を誇る精密機械だが、唯一の弱点もその緻密さのうちにあって、これは手だれの読み手なら、あるいは骨董品のマニアならば、どこかで一度は見た時計だ。ここまで極限的に先鋭化、巧妙化、人工化したものはなかったものの、方向としては定型流用の範疇にある。たとえば横溝作の一部に、未徹底ながら、この方向のものはあった。欧米の悪女ものにも、傾向としての前例はある。

この作例は、足もとの地面に、大きく深い穴を延々と掘り下げていくような営為で、未知の宇宙に向け、自作のロケットをどんと打ち上げるような蛮勇行為ではない。つまりは未聞のメソッドは切り拓いていない。

けれど、これは減点対象とはできない。ここまで磨き、進めれば、もう充分に新しく、福ミス受賞作の内に、こうした方向の作例がひとつ混じることには大いに賛成である。

著者が半生を捧げた法廷世界は、世情風刺の寸劇のような一面があり、東京地裁で長々と傍聴していれば、壇上の判事と検事の顔は変わらず、被告と弁護士が、二人の応接間に入れ換わり立ち替わり、お邪魔しますと言わんばかりの表情で入廷してくる時がある。そしてボタンをかけ違え、前科を得た被告が、徒歩で都下をさまよい、自転車を無断で借用して監獄に舞い戻ってくるいきさつを、かいつまんで説明してくれたりする。

こうした盆栽箱庭ふう小世界の圧倒的な支配者、裁判官たちにも、困ったことには出世の概念があり、刑事裁判では往々にしてクロ判決を出すことで上に評価され、出世する。地方の判事は出世をあきらめているから、主張が正当に通ってシロが出やすいとは、多くの苦労人弁護士が口を揃えるところである。是正不能のやりきれなさは、人の暮す世界を上から下まで充たしている。

著者の場合はこれまで、民事ひと筋に歩いてこられたようだが、限られた証拠類を用い、背後に監視の目を持つ判事たちが、出世欲とともに下す判断と、これを受けて悲喜こもごもの俗人たちの姿を生涯見てこられた。当作にもこうした箱の中の嵐が投影されているから、読むにつれ、もしもそう言って許されるならだが、優れた法律家とその作業世界こそは、下方で頑張る物語創作世界への、最高にして最良のファームなのかもしれないという思いを抱く。

受賞後の著者は、今年までにすでに『衣更月家の一族』、『螺旋の底』、『殺意の構図探偵の依頼人』と、年にほぼ一冊のペースで力作を排出してくださっている。退職後の登場三年にして、すでに二十年作家たちにひけを取らない実績が、着々と重ねられつつある。

かつて出版界は、定年退職後のデビューというものに、まったく期待をしてこなかった。応援資金を投じても、活動はせいぜい十年弱、到底回収はできないという常識があったが、世の中はすでに変化、それとも脱皮を為した。著者のこの精進ならば、九十歳まででも書けそうであるし、高価値の作品の量では、若い時代にデビューした作家たちに引けを取りそうではない。

二十歳でデビューしても、青春小説の筆力から脱皮せず、怠惰に過ごす才もまま世間にはある。法曹界や医学界、あるいは学問の世界を勤勉に支え終えた退職者たちの黙々とした余生の筆、その濃密さこそが、今後はジャンルを支える時代に、社会は静かに向かっている。