実娘殺害を計画する母、反撃を準備する娘。人間のおぞましい欲望が誰をも鬼畜に変える---ミステリー作家・島田荘司氏が見出した、深木章子の『鬼畜の家』が文庫で登場!

これらはすべて読み手のための材料のひとつひとつであり、これを使って読者は、脳裏に自分で物語を構築しなくてはならないわけだが、この素っ気ない提示のありようそれ自体が、ある隠蔽のための仕掛けとなっている。

そもそもポー以降のミステリーは、アングロサクソン男性たちの気取ったサロン文化で、いうなれば小綺麗に調理され、瀟洒なテーブルに載せられる、上品な肉料理のようなものであった。しかし別容器に取り分けられ、隠されたまま棄てられるはずの夥しい臓物や血液を、遠慮なくテーブルにぶちまけ、臭気もものかは、素手でもぞもぞとかき分けて、好物料理がやってくる場所を冷静に解説するような本格ミステリーの時代が、始まってもよかった。

フリルのドレスで取り澄まし、サロン文化では壁の花の位置を動こうとしなかった女性たちが、実は舞台裏ではなまなましく闘い、むき出しの欲得ゆえに血を流していた。その戦闘の行為においては、倫理観ゆえに逡巡するようなしおらしい気配は微塵もなく、何が自分に最も得かを冷静に予想しておいて、好機がくれば、瞬時の迷いも見せずにこれをかすめ取る。

実の娘を殺す計画を日常的に練り、実の息子とベッドで交わり、この行為を恥と感じる純情など、負けを呼ぶから発想もなく、ひたすら娘への勝利行動に用いようとするが、用いられる側は、母親の裏面の感情を読んで実行為の深度を測り、効果的反撃の準備を練る――。とこのような恐るべき世界の開陳は、あのアガサ・クリスティの時代には、エリザベス朝時代の道徳観から遠慮されていた。

しかし著者の筆は、これらの展開をさも当然のように平然と活写し、その冷徹な筆は、研ぎ澄まされた刃の乱舞のようで、これがあの愛らしく、慎ましい女性たちの暮らす世界かと読み手は目眩を感じはじめる。はたしてこのような女のどろどろを、免疫を持たない男世界に開陳してもよいものか、などと心配を始める。

さらには、これはエキセントリックな一部の女性においてのみ起こることであり、女性たちの内部に普遍的に存する負の感情とはして欲しくない、いやそのような約束事にしておいてもらった方が世は安全だ、などとおろおろ考えはじめる。

ところがそのショック自体、そうしたつべこべ自体がまた、著者の計算の範疇にあった。著者は男性読者たちのパニックを先廻りして予想し、これを盾として使用した際の、真相隠蔽の強度がどの程度か、までをも冷静に計算していた、男の弱々しい分別が発動すれば、自動的に作者の術中に嵌まる仕掛けになっており、真相は背後の闇に没する。このしたたかな遣り口には舌を巻いた。

それぞれの部品は無造作に並べられているように見えるが、実はそれぞれ、予想外の役割を担った歯車であり、可動部品で、互いに嚙み合い、連携しながら着実に稼働して、全体としてだましと驚きのストーリーを進行させる。そのステディなリズムは、手だれの時計職人が組み上げた華麗にして古風な柱時計のようで、律儀な作動自体に、じっと眺めていたい美がある。

『鬼畜の家』
著者:深木章子
講談社文庫 / 定価:730円(税抜)
Amazonはこちら
楽天booksはこちら
 
島田荘司選 第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作!
深木章子の出現は、事件である。

我が家を地獄につきおとしたのは、母でした――娘の口から明らかになっていく、母の異常犯罪。その巧妙な殺人計画、殺人教唆、資産収奪……唯一生き残った末娘を救うべく依頼されたのは、元・警察官の私立探偵・榊原聡。榊原は末娘の口から、 信じがたい「鬼畜の家」の実態を聞く――。

島田荘司選 第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞。島田荘司が見いだした、元・弁護士による衝撃のデビュー作。『衣更月(きさらぎ)家の一族』『殺意の構図』と続いていく榊原聡シリーズの第一作。