放送時間帯が日曜深夜なので、ビジネスマンが見るのはきついだろうが、それでも『NNNドキュメント』(深夜0時50分)のファンは少なくないはずだ。
反戦、反権力、反差別、反公害を訴え続けている硬派番組。70年代までなら珍しくはなかったが、いまやNHK会長まで親政権を隠さない時代。バラエティーと見分けがつかないノンフィクション番組も増えた。権力には決して抗わず、分かりやすい悪党だけ叩く番組も目立つ。ひょっとしたら『NNNドキュメント』は最後の硬派番組なのかも知れない。
やっと再審の扉が開かれた「袴田事件」も、この番組では22年も前に決着が付いていた。92年2月に放送された『NNNドキュメント/袴田事件の謎を追う』の中で、スタッフは袴田巌さんの"無実"をすでに証明していたのだ。司法はそれを黙殺していただけに過ぎない。決してオーバーではない。少なくとも視聴者目線では無実だった。それでも再審を認めてこなかった司法は、市井の感覚と大きくズレていた。
袴田さんが凶器のクリ小刀を購入した姿を目撃したとされた女性は、その証言をスタッフの前であっさりと翻した。本当は見ていなかったのだ。
それだけではない。袴田さんが犯行現場から逃走した経路についてもスタッフは徹底検証し、人間が通ることが不可能であると断じた。
凶器購入時の証言は虚構、逃走経路はデタラメ。それなのに、どうして袴田さんがクロなのか?
袴田さんは犯行後、現場から裏木戸を通って逃げたとされた。観音扉の裏木戸は上部に鍵がかけられていたが、警察・検察側は「下部に生じる隙間から通り抜けられる」と主張し、裁判所も認めた。だが、袴田さんの救援団体が再現実験したところ、土台無理。その光景を同番組は伝えた。映像の強みだ。
では、なぜ警察・検察側の主張を裁判所は認めたのか。それは、警察の再現実験を撮影した3枚のモノクロ写真があったからだった。が、これをスタッフが専門家たちに委ねて分析し、捏造された疑いが極めて強いことを突き止めた。
その後、スタッフたちは犯行着衣も捏造された疑いが濃厚であることを立証し、それを『ニュースプラス1』や『ザ・サンデー』など局内のほかの報道・情報番組でも次々と流し続けた。執念のように見えた。
はっきり言って、冤罪モノは視聴率が期待できないのである。再審が決定されるまで、栄光も賞賛の声もない。それでもスタッフは執拗に事件を追い続けてきた。これは特筆に値するだろう。もともとマスコミの第一の存在意義は権力の監視。その役割をスタッフは愚直なまでに果たした。