自分を祖とする疑似科学に敢然と対抗した男・ホイーラーの「慧眼」

『量子的世界像101の新知識』
青木 薫 プロフィール

しかも、第二次世界大戦前後から冷戦期にかけて、物理学の分野全般が、「つべこべ言わずに計算しろ(shut up and calculate)」という言葉に象徴される風潮に支配されていた時代に、ホイーラーはいち早く、量子力学の基礎という問題に目をつぶることをやめた物理学者のひとりでもあった。

そして彼は、観測問題や非局所性というテーマは、物理的な世界像を大きく塗り替えるものであることを重視し、とくに観測者の果たす役割に注目して、「参加型宇宙」というキーワードを打ち出したのである。それは、自らの外側にある宇宙を見るだけの存在だった従来の観測者が、観測することによって宇宙の成り行きに参加する存在へと変貌したことを強く印象付ける言葉だった。

しかし、そんなホイーラーの研究は、当時生まれつつあったいわゆるニューエイジ/ニューサイエンス運動の火種に油を注ぐことになった。「参加型宇宙」という観点から、「人間の意識がこの宇宙のありようを変える」というメッセージを受け取った人たちは、それを膨らませていった。

ニューエイジと言うと、アメリカ西海岸のヒッピーを連想する人が多いかもしれないが、それと連動したニューサイエンスは、カウンターカルチャーの領域にとどまらず、科学教育や軍事研究にも多大な影響を及ぼすことになったのである。

注目すべきは、このときホイーラーがとった行動だ。ニューエイジの波にむしろ積極的に乗った物理学者も少なくなかったなかで、彼は、量子的世界観を都合よく解釈して超能力などの基礎とすることを厳しく批判し、志を同じくする人たちとサイコップ(CSICOP、現在の名称はCSI: Committee for Skeptical Inquiry)を設立し、機関紙『スケプティカル・インクワイアラー』を刊行したのである。

しかしホイーラーらの度重なる訴えにもかかわらず、CIAやペンタゴンは冷戦構造の中―つまり、先行するソ連に遅れてはならじと―それから二十年以上にもわたって、遠隔透視能力の軍事利用を目指す研究に二千万ドル以上の税金をつぎ込むことになったのである。米国科学振興協会もまた、似非科学に貴重な金を回すべきではないというホイーラーらの嘆願にもかかわらず、毎年百万ドル(現在の貨幣価値で三百万ドル相当)の研究費を超能力研究につぎ込むことになったのだった。

ホイーラーはなぜ、こんな行動を取ることができたのだろう。

一方で彼は、たいていの物理学者が強く警戒するような異様なアイディアでも、物理的にあからさまな間違いではなく、何か大きな可能性を感じさせるものがあれば、そのアイディアをさらに発展させてみるようにと仲間の物理学者たちを励ましたことで知られている―ファインマンの経路積分法、ヒュー・エヴェレットの多世界解釈、ブランドン・カーターの人間原理などがその例だ。

他方、ニューエイジ/ニューサイエンス運動に関しては、その一部はホイーラーの研究に強くインスパイアされていたにもかかわらず、ちょっと驚くほど断固たる態度で批判し、すみやかに行動を起こしたのである。

彼はいったいどういう基準にもとづいて、それらの区別をつけたのだろう? 彼はそれができるほどに、量子の世界の本質を深く理解していたということなのだろうか?