[サッカー]
田崎健太「エリアス・ザクーとの邂逅」

~伝説の代理人vol.3~
スポーツコミュニケーションズ

厄介な相手にはいかに粘るか

リオは美しい海岸を持っている

 サンパウロに着いてリオにいるザクーに電話を入れると、彼は不機嫌だった。
「身体の調子が悪い。そもそも自分はマスコミが嫌いだ」
 彼は取材を受けることを渋り出した。
「わざわざ日本から来たのだ」と説得すると、「来週電話してくれ」と電話を切られた。ザクーは日によって体調のいい日と優れない日があるようだった。それによって彼の機嫌は大きく左右された。取材を受けると答えた日はたまたま体調のいい日だったのだ。

 厄介な相手にはいかに粘るか、である。翌週もザクーに電話を入れた。
「目の手術をしなければならない。明るいところに出ることができない。だから取材を受けることは難しい」
 目の手術をした後、欧州に戻るという。そして、こう言った。
「来週電話してくれ」
 前週と同じ答えだった。

 このままでは埒が明かない――いつもブラジルでの取材を手伝ってくれている、写真家の西山幸之と相談して、サンパウロからリオに行くことにした。近くまで来ているとなれば、ザクーも断れないという判断だった。

 リオに着いて電話を入れると、彼は「誰が来いと言ったのだ!」と怒鳴った。それでもわざわざ来たことに気を遣ってくれたのか、翌日の朝8時に話をしようと言ってくれた
 翌朝、電話を入れるとザクーの機嫌が良かった。1時間後に僕たちの泊まっているホテルまで来てくれるという。
 ただし、取材時間は10分――。ザクーは「青色のパンツに黄色いシャツで行く」と言った。ぼくたちは30分前から、コパカバーナに面したホテルのロビーで待つことにした。しかし、約束時間になってもザクーらしき男の乗った車は到着しない。

 10分が経過――。ブラジルでは約束の時間が守られることは少ない。特に、全てに緩いカリオカ(リオの住民)は約束に遅れがちである。時間通りにこないことは織り込み済みだった。

 30分が経った。
「途中で気が変わり、すっぽかされたのか……」
 ぼくは不安になってきた。

 ロビーにはチェックアウトのため、大きな荷物を持つ人間が増えていた。西山とぼくは見逃してはならないと分担してロビーに目を配ることにした。

 青色のフォードが到着したのは約束の時間から40分経った頃だった。中から青色のパンツに黄色いシャツを着た老人が降りてきた。ザクーだった。

(つづく)

■田崎健太(たざき・けんた)
 ノンフィクション作家。1968年3月13日京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退 社。著書に『cuba ユーウツな楽園』 (アミューズブックス)、『此処ではない何処かへ 広山望の挑戦』 (幻冬舎)、『ジーコジャパン11のブラジル流方程式』 (講談社プラスα文庫)、『W杯ビジネス30年戦争』 (新潮社)、『楽天が巨人に勝つ日−スポーツビジネス下克上−』 (学研新書)、『W杯に群がる男たち—巨大サッカービジネスの闇—』(新潮文庫)、『辺境遊記』(絵・下田昌克 英治出版)、『偶然完全 勝新太郎伝』 (講談社)。最新刊は『維新漂流 中田宏は何を見たのか』(集英社インターナショナル)。早稲田大学講師として『スポーツジャーナリズム論』『実践スポー ツジャーナリズム演習』を担当。早稲田大学スポーツ産業研究所招聘研究員。携帯サイト『二宮清純.com』にて「65億人のフットボール」を好評連載中 (毎月5日更新)。