館淳一 第2回 「微分積分の壁を乗り越えられていたら、シマジとは出会わずに真っ当な人生を歩んでいたかもしれない」

島地 勝彦 プロフィール

広谷は、集英社という会社は大したものだ、先輩がこうして新入社員を一人ひとり迎えてくれるんだ、おれは何ていい会社に入ったんだろう、と感激しながらシマジに頭を深々と下げて挨拶した。「広谷直路です。どうぞよろしくお願いいたします」。何たって広谷は東京外国語大学のドイツ語学科出身なんだが、大学にはほとんど行かず、戸田のボート合宿所に泊まって学生生活を送っていた男なのです。いってみれば体育会系の男なんですよ。

そのときシマジは偉そうにこういったらしい。「おれはシマジだ。じゃあ行こうか。こっちだ、こっち」。シマジの驥尾に伏して広谷がついて行く。エレベーターのなかでシマジが「今日は暑いなあ」というと、広谷は「暑いですね」という。部屋に入ると、ほかの新人たちが集まっていた。シマジもそこにおとなしく座った。そこではじめて、なんだこの男もおれと同じ新人だったのかと広谷も思ったが、すでに後の祭りだったいう話でした。

セオ でもシマジさんもよく広谷さんのことを覚えていましたね。

シマジ ボートで真っ黒に日焼けした精悍な男のことが最終面接のときから目に焼き付いていたんだね。たまたま階段の上でちょっと振り返ったら、そこにその男がいたんだよ。おれは自然の成り行きみたいに思っていたんだが、広谷はそれからおれに異常な興味を持って、その夜、館とおれについてきて一緒に飲んだんだ。3人とも暇だったから2日間ぶっ続けて飲んだ記憶がある。

 コンラッド・ローレンツ風にいえば、一瞬にして、シマジが親で広谷は子にされてしまったんだね。

立木 おれは広谷さんに同情するね。それからシマジとの暑苦しい関係がいまでも続いているんだろう?

 広谷はもともと新聞記者になりたかった男なのでノンフィクションが得意なんです。シマジとは真逆の世界を愛していたからこそ、二人は気が合ったんじゃないですかね。集英社の階段の上で出会わなくても、いずれ広谷とシマジは大親友になっていましたよ。

シマジ 広谷も館もおれも若いころから怪人物というか、人間のなかの怪物性が大好きだったんだ。器の小さな男なんか糞喰らえ、って感じだったね。でも、人生で何より尊いものは友情だということをつくづく教えてくれたのは、広谷と館だね。

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