2014.03.13
# 雑誌

スピルバーグにも影響を与えた 特撮の元祖にして、最高傑作! 世界一有名な怪獣ゴジラを語ろう~宝田明×佐野史郎×中野昭慶

週現 『熱討スタジアム』第97回
週刊現代 プロフィール

佐野 特撮、本編に加え、誰もが知っている伊福部昭さんのテーマ音楽も素晴らしかった。まさに昭和を代表するオールスターで臨んだ作品でした。ただ、映画ファンの心をとらえた最大の理由は、そのメッセージ性にあったと思います。

宝田 『ゴジラ』は怪獣映画でしたが、作られたきっかけは決して荒唐無稽なものではありません。終戦から9年後に製作された第1作目は、海底に眠るゴジラが核実験で覚醒し、日本を襲うというストーリーです。当時、軍拡を競う米ソ両大国は核実験を繰り返し、放射能汚染が世界的に問題になっていました。その矢先の'54年、ビキニ環礁で第五福竜丸がアメリカの水爆実験により被曝するという恐ろしい出来事が起きた。これは、原爆を知る日本人に再び核の恐怖を呼び起こした。その背景があるから、ゴジラは製作されたんです。

佐野 作品に込められた想いを感じたからこそ、大人も映画館に足を運んだんでしょうね。

宝田 日本は世界唯一の被爆国であり、核廃絶のメッセージを発信する資格を有する唯一の国でした。つまり、ゴジラの正体は人間の愚かな行為に対して警告を発するメッセンジャーだったのです。決して破壊だけを目的とする怪獣ではない。

中野 ゴジラにはシリーズの生みの親であるプロデューサーの田中友幸、監督の本多猪四郎、脚本の村田武雄、そして特技監督の円谷英二らの反核への思いが込められているんです。キワモノと見られても、現場のスタッフは高い志を持って取り組んでいた。その真摯な姿勢があったからこそ、50ヵ国もの国で公開され、世界中の映画ファンにも支持されたのでしょう。

宝田 第1作の再編集版が'56年にアメリカで公開されました。水爆実験とゴジラ誕生の因果関係など、アメリカに都合の悪い部分はすべてカットされていましたけどね。逆に言えば、そこまでしても公開したいほど、特撮怪獣ゴジラはアメリカ人にとっても魅力的だったのです。

佐野 初期ゴジラの脚本は一貫して反核を訴えています。'70年代以降は、怪獣同士のバトルが主体の子供向け作品になっていきますが、その点だけはブレなかった。でも平成ゴジラになると、そのメッセージ性が薄れていった気がします。

宝田 おっしゃるとおり。

佐野 僕にとってゴジラ映画は憧れでしたが、思い入れが強すぎて『ゴジラ2000』に出演するまでオファーを断っていました。やるなら小さな役ではなく筋に絡みたかったんです。自分が出演した映画にケチをつけるわけではないですが、地上に落ちていたゴジラの皮膚片を持ち上げるシーンは許せなかった。ゴジラは放射能まみれなんだから、皮膚に触れていいはずがない。ゴジラが何者なのか。その意識を失わないで欲しい。現場でも監督と戦ったものです。

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