2014.03.13
# 雑誌

スピルバーグにも影響を与えた 特撮の元祖にして、最高傑作! 世界一有名な怪獣ゴジラを語ろう~宝田明×佐野史郎×中野昭慶

週現 『熱討スタジアム』第97回
週刊現代 プロフィール

中野 実は東宝社内でも「怪獣映画なんてゲテモノだ」という意識が強かったんですよ。

佐野 そうだったんですか。でも円谷さんは、『透明人間現わる』('49年)などのSF映画の特撮で、すでに有名でしたよね。

中野 確かに東宝にとって、黒澤さんが天皇なら、円谷さんは神様でした。ところが、円谷組を希望する助監督はほとんどいなかった。というのも、特撮の現場は、汚い、つらい、危険の三重苦。しかも、同じ会社に属していても、何をやっているかわからない部署、という認識だったんです。文学青年だった私自身、入社して配属が円谷組に決まったときはショックでした(笑)。

宝田 第1作では、ゴジラを見ることのないまま、ドラマと特撮は別々に進行していった。特撮部分は出演者の我々にとっても謎でした。ようやくゴジラと対面できたのは、撮影が半ばを過ぎてから。初めて約2mのゴジラの着ぐるみを見たときは、大きくて黒くてなんて気味が悪いんだと思いました(笑)。ゴジラの中に入っていたのは屈強な肉体を持つ中島春雄さんという役者さんでした。

中野 『ゴジラ』は、役者が着ぐるみの中に入って演技する方法を世界で初めて採用した特撮映画です。当然、人間が入っていることを感じさせてはいけない。そこで、円谷さんは役者に人間的な動きを極力排し、無駄のない動作をするように求めた。

佐野 ゴジラの動きを見ていると、日本の伝統芸能のような所作の美しさを感じます。

中野 さすが、鋭いですね。実は、ゴジラのゆっくりした動きや、すり足のような足運びは「能」を参考にしているんですよ。円谷さんの跡を継いで僕が特撮監督を担当したときは、ゆっくりした動きにするため、ゴジラの足下に鉄板を入れ、足が上がりにくいようにしていました。

人間ドラマも魅力だった

宝田 初期のゴジラには、コマ撮りはおろかCGでも描ききれない重量感があったよね。それはゴジラの着ぐるみが、「本物」として精巧に作られていたから。その証拠に、CG技術を駆使したハリウッド版『GODZILLA』('98年)は、トカゲみたいで迫力もいまひとつでした。

中野 円谷さんの特撮への情熱は大変なものでしたからね。本物の街の中にゴジラが現れたように見せるため、ミニチュアの看板ひとつにも手を抜かなかった。街のセットを完成させるには最低1ヵ月かかります。NGが出れば、当然作り直さなければなりません。我々特撮スタッフは、口では「気にするなよ」と役者に言いながらも、内心は「NGを出したら殺すぞ」と思っていました(笑)。

佐野 僕は念願叶って『ゴジラ2000 ミレニアム』('99年)に出演させてもらったとき、自分の出番が終わるや特撮現場に足を運んでいた。緊張感で張り詰めた特撮の空気が、たまらなく好きだったんです。でも、どうしたってハプニングは起こってしまいますよね。

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