[裏方NAVI]
広瀬勇人(スキーブーツチューンナッパー)<前編>「ブーツで変わるパフォーマンス」

スポーツコミュニケーションズ

 実力勝負のための準備

 こんな例もある。国体出場を目指すものの、毎年同じライバル選手に負けを喫し、なかなか県予選を突破できずにいた女子選手がいた。ライバル選手との差はおよそ3秒差。その差はなかなか縮まらなかった。ある年、広瀬がその女子選手のブーツをチューンナップした。すると、彼女は初めてライバル選手を上回るタイムをたたき出し、悲願の国体初出場を果たしたのだ。果たして、3秒差を縮めた要因とは-―。

「スキー板自体はエッジがかかりやすく、ターンしやすい性能だったのですが、ブーツとのバランスが悪かったために、その性能が使えていなかったんです。そこで、きちんとエッジがかかるような力の伝わる方向と角度でポジショニングがとれるようにブーツを調整しました。もちろん彼女の努力もあったと思いますが、スキー板とのバランスが良くなったことも、タイムに表れたのだと思います」

 未だに国内ではトップ選手の中にもブーツチューンナップに否定的な意見は少なくないという。そこにはプライドが見え隠れする。
「自分が用具に合わせるのか、それとも用具を自分に合わせるのか、の違いだと思うんです。ほんの少しのズレが、パフォーマンスには大きく響くのですが、選手によっては、その少しのズレを自分の許容範囲だと思っているんでしょうね。つまり、技術でカバーできるものだと。その考えが悪いと言いたいわけではないんです。ただ、ベストに近いセッティングをした方が、さらに能力を発揮できるんじゃないかと思うんです」

 選手にとって、最もやっかいなのがケガであろう。パフォーマンスを出せないばかりか、練習もままならないのでは土俵に上がることさえもできない。スキーブーツのチューンナップは、広瀬の言葉を借りれば、“準備”の一端である。ウォーミングアップや、スキー板のワックスがけなどと同じく、自らが持つ能力を最大限に引き出すため、そしてケガをしないための不可欠な要素だ。

「せっかく努力したのに、用具のアンバランスのために、成果が出せないなんて、あまりにももったいない。さらにケガをしてしまうのは、もっと残念なことです。ブーツのチューンナップは、その選手が本来持っている一番いいバランスを整えてあげること。それができれば、準備万端でスタートすることができる。そこからが本当の実力での勝負です」

 実は現在開催中のソチパラリンピックにも、広瀬が手掛けたスキーブーツを履く選手がいる。アルペンスキー・スタンディング(立位)の小池岳太だ。小池は大学時代に交通事故に遭い、左腕が麻痺で動かない。そのため、ストックは右腕1本だ。その小池にとって、スキー板にバランスよくポジショニングを取ることは、容易なことではない。だからこそ、スキーブーツのチューンナップは不可欠なのだ。果たして、小池の滑りを支えるチューンナップとは――。

(後編につづく)

広瀬勇人(ひろせ・はやと)
1970年7月13日、北海道生まれ。小学4年からスキーを始め、高校、大学ではスキー部に所属。大学卒業後、プロスキーヤー、コーチとして活動する傍ら、スキーブーツのチューンナップを手掛けてきた。代表を務めるオーダーインソール工房「ハッチェリー」では、ウォーキングから野球、サッカー、ゴルフ、バドミントンなど、一般からアスリートまで幅広いニーズに応えている。

(文・写真/斎藤寿子)