館淳一 第1回 「『週刊プレイボーイ』が100万部雑誌になった原動力は館淳一の文章に負うところが大だった」

島地 勝彦 プロフィール

シマジ その辺で徒党を組まないでくれよ。とにかく二人ともエディトリアルが大好きだったということにしましょう。

 そういえば、立木さんの写真集『マイ・アメリカ』 を立木さんの口述で纏めたことがありましたね。

立木 その節は有り難うございました。

 いまでも思い出しますよ。あの男性ストリップの写真は凄かった。

シマジ そうそう、タッチャンがひらりと舞台に上がって、ストリッパーのケツを舐めるようにして客席を撮った一枚は、みている若い女性たちの嬌声が聞こえてくるような真に迫る写真だったよね。

立木 おれの持っている望遠レンズより立派なイチモツだったけれど、そんなものを撮ったって雑誌に載せるわけにはいかないからね。苦肉の策ってやつだ。

セオ その現場に立木さんとシマジさんがいたというのが感動的ですね。

シマジ 撮影を終えてサンディエゴからロスに帰ってくるころ、フリーウェイが白々と明るくなってきていた。あのときの「やった!」という達成感こそが、編集者になってよかったと思う瞬間だったね。

立木 あの時からの腐れ縁でこうしていまでもシマジと仕事しているんだから、おれはまったく進歩がないよね。

シマジ でもタッチャンの仕事は早いしうまい。しかも場所を選ばない。弘法筆を選ばず、立木義浩部屋を選ばず、だよ。あっそうだ。タッチャン、このほどセオが晴れて部長になったそうだ。

立木 やっとおれとシマジの教育が実ったのか。

セオ はい。今後は必ず30分前に現場に参ります。

シマジ そういえば、今日もいちばんにきていたよ。

立木 当たり前だ。セオ、いいか、部長になったこれからもこの現場の担当は続けるんだぞ。現場から遠のいた編集者は、おかに上がった河童みたいなもんだからな。

セオ もちろんです。この現場はいろいろ勉強になりますので誰にも譲りません。