◆古森義久/矢板明夫『2014年の「米中」を読む!』海竜社、2014年1月
産経新聞中国総局(北京)の矢板明夫記者は、日本語と中国語のバイリンガルで、中国の内在的論理に通暁している優秀な記者だ。
矢板氏の朱健栄事件に対する分析が秀逸である。
<中国寄りの発言で知られる朱建栄・東洋学園大学教授が二〇一三年七月、出身地の上海に向かう途中で消息を絶った。翌月、上海の関係筋から、「最近の彼の発言について、関係当局から事情を聴かれている」との一報が届き、それ以来ナシのつぶてとなっている。
いわゆる「朱建栄事件」後、それまで事あるごとにメディアに登場してきた中国人学者、文化人が一斉に口をつぐんでしまった。
これまで中国当局が大目に見てきた彼らと日本の公安調査庁との接触が、習近平政権になってからは許されなくなったからだという話が洩れ伝わってきている。
これも習近平政権になってからの対日強硬の影響だと思う。習近平は本気で今の中国でふたたび文化大革命を行おうとしているのかもしれない。前の文革時代は「知識人は外国のスパイ」と決めつけて逮捕することから始まったが、朱建栄事件はそれを想起させるような出来事だった。
彼が当局から追及されている疑惑は、人民解放軍の軍事および尖閣問題に関する情報漏洩と言われ、日本にいる中国人学者サークルの内輪もめが何らかの形で飛び火し、このような事件になったと聞いている。
もともと朱建栄は上海出身で江沢民に近いと言われてきたし、日本メディアに対して「習近平国家主席は改革派だ」と擁護する習近平親派と評されていた。かねてより中国はこうした学者を外国に入り込ませ、外国のメディアで中国の言い分をアグレッシブに発表させるために利用してきた。これはある意味では国家戦略と言えた。
ところが、それ用に利用する学者は時折、本国に戻ってきて、自分がいる外国の実状を話して、結果的に中国政府に逆効果をもたらすこともあった。朱建栄も中国で講演したり、テレビ出演したりして、当然ながら中国の立場からではあるものの、一応日本の言い分も説明してきた。
習近平政権はそうしたやり方をやめたのである。江沢民時代、胡錦濤時代に許容されていたことが習近平時代には許容されなくなった。朱建栄事件とはそのシグナルであり、日本で活動する中国人学者や中国人ジャーナリストたちの異様な沈黙はその証左だろう。>(33~35頁)
中国が、日本とは異なる価値観で、研究者や記者に接していることがよくわかる。