『城を攻める 城を守る』著:伊東潤---城をめぐる 城を楽しむ

最初の疑問は、そこから始まった。
山中城のことをもっと知りたくなり、専門書などを読むようになると、世の中には、様々な城があることを知った。しかも、それらの多くは現存しているというではないか。
早速、私はネットのコミュニティに入り、城めぐりのオフ会に参加するようになった。

並行して小説も書き始めた。
当初は、皆がやっている城めぐりのホームページのように、城の記録を残したいと思っただけだが、書いていると、どうしても小説になってしまうのだ。
おそらく若い頃に歴史小説をよく読んでいたので、小説的な言葉が溢れてくるのだと思った。

その流れに身を任せ、私は、山中城攻防戦を小説として書こうと思った。
処女作となった『悲雲山中城』(叢文社)は、一ヵ月ほどで書き上げた。
それから土日になると、城に出かけるか小説を書く日々が続いた。最初は、城を中心とした小説ばかりである。
そして二〇〇七年、趣味が高じて角川書店からメジャーデビューを果たすことになる。

なぜ人は、中世古城に魅せられるのか。
初めは誰しも、城と言えば天守閣と石垣のある江戸期のものを思い浮かべるはずだ。
しかし、その漢字が「土から成る」とある通り、城は、土で造られたものが基本である。
石材の豊富な西国に比べ、加工しやすく崩れにくいローム層の多い東国では、石垣技術は発達せず、戦国時代には、多くの土の城が造られた。
中世古城マニアは、それら土の城の遺構を見るために、貴重な休日を使って懸命に山に登り、藪をかき分ける。むろんどの城も、たいていは土塁と堀くらいしか残っていない。しかも未整備なので下草の繁茂が激しく、遺構の形状などが分かりにくい上、どこに行っても同じような遺構ばかりである。

城数寄でない方には、何が楽しいのか分からないに違いない。
私も最初はそうだった。しかし一つの城の見学が終わると、なぜかまた別の城に行きたくなる。
どうしてそうなるのか。中世古城の魅力とは、どこにあるのか。
私の場合、数百年の歳月を隔てているにもかかわらず、そこに人の意思が感じられる点に魅かれる。

なぜ、ここに堀切(尾根筋を断ち切る堀)や竪堀(垂直に掘られている堀)を入れているのか。また、土塁や馬出(城の出入口を守る小曲輪)を築く必要があったのか。そうした築城者の意図が、遺構を見るだけで伝わってくる。つまり遺構を通して、数百年前の人間と対話できるところが魅力なのだ。

城というものは、防衛・侵略拠点、監視、交通遮断、補給基地などの戦略目標を達成するために造られる。
続いて、その目標を達成するために縄張りが引かれる。
どこにどのような形状の堀を掘るのか、同様に土塁を築くのか、どのくらいの広さの曲輪を設けるのか、いかなる場所に死地(キル・ゾーン)を設けるのか。また守備兵力は、どれくらい割けるのか。
こうした要素を考慮した末、縄張りは引かれる。

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