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水中から陸上へ 肉食から草食へ そのとき、内臓に何が起きたのか?

『図解 内臓の進化』前書き

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内臓に隠れた思想と戦略を読み解く!

「こういう一冊が欲しかった」
小飼弾氏絶賛『図解 感覚器の進化』に続く
進化の大河ドラマ第2弾!
水中から陸上へ 肉食から草食へ
そのとき、内臓に何が起きたのか?

はじめに

 内臓とは、体内にある器官系のうち呼吸器系、消化器系、泌尿器系、生殖器系、内分泌系の5つを一括したものである。しかし、これらは発生のしかたも、形態も、機能も、まるで違っている。異質な器官系をひとまとめにして「内臓」と呼んでいるのである。

 わが国は長い間、東洋医学の強い影響下にあり、人体には「五臓六腑」があると考えてきた。だが、そこには実際には存在しない器官まであり、いわば観念にもとづく内臓観であった。

 16世紀になって西洋医学の情報が入ってくるにつれ、わが国の医師たちにも、東洋医学への疑問が生じてきた。宝暦4年(1754年)に山脇東洋が刑死体を解剖し、明和8年(1771年)には杉田玄白、前野良沢、中川淳庵らが「腑分け」を見学して、五臓六腑説が実際の所見とは著しく違うことに驚嘆している。これが契機となって、「ターフェル・アナトミア」の翻訳が始められ、3年半もの苦闘を経て「解体新書」という労作ができあがった。

解体新書解体新書 巻の一

 わが国の「解剖学」は解体新書の完成によって始まったのであり、五臓六腑説と袂を分かった「内臓学」もまた、このときが端緒となったのである。

 ところが、わが国の先駆者たちが範とした西洋医学にも、確固とした内臓観があるわけではなかった。最初は体の中にあるものすべてを内臓と呼んでいたが、その言葉の指す範囲は時代とともに、そのときの慣例に従って変化してきた。

 このように内臓というものの概念は、東洋医学のように観念的であったり、西欧医学のように慣例的であったりと、決して理論的なものではない。5つの器官系を統括するような理念といえるものはなく、著しく統一性を欠いている。

 だが一方で、医学部6年間の課程で大きな割合を占める解剖学の授業のうち、約7割は内臓に関する授業であり、実習である。内臓はさまざまな病気の巣窟であり、臨床医学の授業でも、内臓に関する科目が大きな時間を占めている。人体の中で内臓が大きな比重を占めていることは、確かなのである。

 ここで内臓について実感をもっていただくために、ホルマリン処理したラットを解剖する場面を想像していただこう。