貧富の格差が広がると、生産性が向上しても賃金は停滞する、負債は増加し金融危機に陥りやすくなるなど、明らかに経済的コストが伴う。さらに、大きな社会的、人的コストも発生する。たとえば、貧富の格差が広がると健康状態が悪化し、死亡率が高くなるという動かぬ証拠がある。
しかし話はそれだけではない。極端な不平等は呆れるほど現実からかけ離れた階層を創り出すと同時に、それらの人々に大きな力を与えるのだ。
いま、巷で噂になっている例として、大富豪投資家のトム・パーキンスが挙げられる。彼はベンチャーキャピタルのクライナー・パーキンス・コーフィールド&バイヤーズの創立メンバーだ。パーキンスは、ウォールストリート紙の編集長に宛てた手紙の中で、「最上層の1パーセント」への一般大衆の批判を嘆き、それをユダヤ人に対するナチスの攻撃にたとえている。われわれが、ユダヤ人迫害の先駆けとなった「水晶の夜」(※)への道を歩んでいると言っているのだ。
これは、単に気のおかしいひとりの男の話に過ぎず、なぜウォールストリート紙がそんなものを載せたのかと疑問に思うかもしれない。しかし、パーキンスは、そんなに飛びぬけて異常な人物というわけではないのだ。しかも彼は、累計課税を主張する人々とナチスを比較した金融界最初の大物ですらない。2010年に、ブラックストン・グループの会長兼社長であるステファン・シュワルツマンは、ヘッジファンドと未公開株式投資会社の経営者による税金の抜け穴を排除しようという提案に対し、「1939年にヒトラーがポーランドに侵攻したときのようだ」と言ってのけた。
そして、何とか発言の中にヒトラーの名前を出さずに済んだものの、被害妄想と誇大妄想を混ぜ合わせたような政治的、経済的見解をもち、それを大声で発言する大富豪たちはたくさんいるのだ。
(※)1938年11月9日夜から翌未明にかけてドイツの各地で発生した反ユダヤ主義暴動。割れたガラスの破片が水晶のように輝いて見えたことからこう呼ばれる。